論文の基本 (日本語・英語論文共通)

 かつて日本語の論文と英語の論文では、論理の展開や書き方に違いがあるといわれてきた。日本語は曖昧な書き方が許され、論理の展開もわかりにくいものとされてきた。しかしながら、最近の論文では日本語でも、明瞭な論理展開とわかりやすい書き方が要求され、曖昧ではなく断定的な表現がよいとされるようになってきた。日本語と英語の論文では、基本に違いはないと考えるべきである。ここでは、論文を書くにあたって、英語、日本語に関わらず共通する基本的な事項をまとめる。



  1. 内容に間違いがない。

    故意の間違い(=研究者として自殺)は論外として、データの間違いから文法・単語の間違いまで様々なレベルの間違いが考えられるが、あらゆる点で間違いがないことが論文には要求される。ただし、間違いがないことは、正しいということとは異なる。(たとえばハドレーの論文の内容は歴史とともに修正されたが、最も偉大な論文の一つである。)


  2. 文章が正確で厳密であること。

    これは上記の間違いがないということとは異なる。文章が正確で厳密であるということは、誰がどのように読んでも、著者が意図したこと以外の意味を持たない、つまり二意性が完全に排除されていなければならないということである。


  3. 基本的に1論文、1主題である。

    解説や総説と異なり、学術的な原著論文では、一つひとつの論文は、独立で単体である。その中に込められる主題はひとつであるべきである。では、「主題」とはなにか、これは著者がどれだけ具体的なものに絞り込めるかによる。原著論文であれば、具体的であればあるほどよい。学位論文などでは比較的大きな主題が選ばれ、それを多角的に議論されることがある。


  4. 論文はわかりやすいものほどよい。

    これは簡単な論文ほどよいということではない。論文の構成が、共通認識から始まって説明に飛躍がなく、論理的であることが重要である。文章が必要でかつ十分である(過不足がない、冗長でない、重複がない)ことが要求される。文章はひとつ一つが短く、主語・述語が対応しており、修飾・被修飾が明瞭であることが必要である。英語で書くときは、曖昧さの原因となる分詞構文や受動態はできるだけさける。


  5. 論文全体も個々の部分も文章が1次元的であること。

    これはA. J. Leggett氏の文章でも強調されており、Leggettの図によく表されている。文章を読み進んだところまでで、そこまでの内容が完全に理解できるように書いていなければならない。脇道にそれたり、論理に飛躍や断列があってはならない。2次元的に事実や論旨をならべて、全体を見渡してはじめて言いたいことがわかるような論文をときどき見かけるが、悪い論文の例である。


  6. 論文は短いものほどよい。

    これは1論文、1主題であることと共通するが、忙しい現代にだらだらと長い論文など読んでいられない。内容の重複や冗長なところ、主題からそれた意味のあまりない文章は完全に削除されなければならない。たとえばNature誌に掲載された生物学上最も重要な論文の一つ、ワトソンとクリックの「DNAの2重らせん」の論文はたかだか900語であった。


  7. 論文の形式にあっていること。

    論文には形式がある。一般的に共通する形式から、ジャーナル毎に細かく決まっている形式まで様々なレベルでの形式がある。分かりやすさとも共通するが、論文が読まれてわかりやすいものであるためには、形式にそうものでなければならない。


  8. 論文は首尾一貫していること。

    これも1論文1主題と共通するが、題名、introduction、結果の内容、考察など内容が首尾一貫していて、かつ矛盾がないことが不可欠である。たとえばintroductionで目的としたことを、考察で答えていない。あるいは別の目的の答えを書いているのような不整合があってはいけない。題名にある事項と異なる内容になっていたりしてはいけない。


  9. 論文はそれ単体で完結していること。

    一つの論文は、それを読んだだけで内容がわかるようになっていなければならない。気象学の論文の場合、しばしば地名がでてくることがあるが、それがどこであるのかが、例え火星人が読んだとしても分かるようになっていなければならない。そのためには、はじめの図に研究対象領域を説明する地図を示して、論文中に現れるすべての地点や地名を示す必要がある。また、数式などでは式や記号の意味するものが何かを、常識的にわかるものまで含めて説明しなければならない。その論文を読むために他のものを読まなければ分からないような書き方をしてはいけない。


  10. 事実と推論、既知の知見と新しい知見が明確に区別されていること。

    論理的であるということと共通するが、観測や計算の結果得られた事実と、それから自分が考えたことが明確に区別されなければならない。また、既知の知見や事実は、自明なものでない限り参考文献を引用して、誰がどのように明らかにしてきたかを明示する。それとこの論文ではじめて明らかにする知見が明確に区別されていなければならない。


  11. 過去の研究を正しく引用し評価すること。

    すでに論文となっている内容を、知らないふりをして新しい知見のように書いてはいけない。関係する論文はもれなくサーベイしてintroductionに盛り込み、その中で本論文の位置づけを明確にすること。また、過去の論文の内容を、誤って引用してはいけない(通常は査読でこのようなものは指摘を受けるが)。過去の論文を公正に評価した記述でなければならない。


  12. 論文は公正でなければならない。

    過去の研究を正しく文中で評価することも必要であるが、自分の結果を公正に(客観的に)評価しなければならない。過剰に高く評価することも、逆に重要な結果をそうでないかのような書き方をするのも適切でない。


  13. 内容のトレーサビリティが完全であること。

    観測データの解析であれば、解析方法が他の人にもできる(原理的に)。数値計算であれば、同じ計算が他の人にもできる。実験であれば、他の人が追試できるように論文が書かれなければならない。たとえばシミュレーションの結果などでは、それを追試できるように必要なパラメーターやモデルの設定が明記されなければならない。これとは別のトレーサビリティとして、観測や実験のデータ、研究ノートは、後日第3者が検証できるように適切な期間(5年や10年)、保存されなければならない。


  14. 内容についても文章についても推敲が十分であること。

    論文だけでなくあらゆる文章は、最初に書き上げた段階が、論文を書く道のりのごく初期段階と考えるべきである。そこから何度も何度も推敲を重ねて、第1稿となる。推敲によって最初の内容から全く変わってしまうこともある。


  15. 文章は辞書を引く回数に比例してよくなる。

    日本語でも英語でも、とにかく辞書を引きながら文章を書くべきである。知っている言葉でも文脈の中で様々な用法がある。同じ言葉でも違う意味があり、同じことを表現するときも異なる表現の方がよいこともある。日本語の場合は、知っているつもりで意外に不適切に言葉を用いてしまう場合がある。言葉の用法についても、たとえば英語であれば他動詞か自動詞かなど、何度も辞書で確認しながら書くべきである。


  16. 英語の論文を書く場合は英英辞典を必ず利用すること。

    英語と日本語では、言葉の意味する範囲はたいてい同じではない。英語の単語を英語で理解してはじめて正しく用いることができる。言葉の意味だけでなく、言葉の用法なども英英辞典で何度も調べて英語を書かなければならない。


  17. 図は正確で、鮮明であること。

    図は論文の命である。必要でかつ十分な情報が、鮮明に盛り込まれていて、かつ見やすいことが要求される。また、印刷に十分耐えうる(字の大きさ、トーンの鮮明さなど)ものでなければならない。


  18. 図と文章が対応していること。

    気象学の論文は特に図を説明することで、論文が展開していくことが多い。論文では図が適切(必要でかつ十分であるように)に選ばれていなければならない。図を出した以上、その図を十分に説明しなければならない。また、読者はその図を初めてみるのであるから、説明が図のどこを指しているのかが明確に分かるように書かなければならない。


  19. 学術論文は自分で問題を出してその答えを書くものである。

    これは私の論文に対するやや個人的な考えであるが、introduction で問題を出して、それに答えるために必要な材料を結果の章に並べ、考察で答えを書くような形式をとると、論文をまとめやすいと考える。発見的内容のレターであれば、考察の代わりにまとめの章に答えを書くようなものとなる場合もある。


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