固体降水粒子を対象としたXバンド偏波レーダー用降水粒子判別法の開発と適用

纐纈丈晴

降水メカニズムの理解をするため、雹がほとんど観測されない湿潤環境場における固体降水粒子観測に適しているXバンド偏波レーダーによる降水粒子判別法への期待が高まっている。その期待に応えるため、本研究では近年主流となっているファジー理論を用いた降水粒子判別法を基に、X バンド偏波レーダー用の降水粒子判別法の開発を行った。この降水粒子判別法は、各レーダーサンプリング体積中のもっとも存在する可能性が高いと推定される降水粒子 1 種類を、(1)霧雨、(2)雨、(3)湿雪、(4)乾いた雪片、(5)氷晶、(6)乾いた霰、(7)湿った霰、(8)雨と雹の混合、の 8 種類の降水粒子の候補から判別する。粒子判別法ではレーダー反射強度 Z h 、レーダー反射因子差Z dr 、偏波間位相差変化率 K dp 、偏波間相関係数 ρ hv を主な入力値として用い、補助的な情報として気温の情報も用いる。これらの降水粒子タイプ・入力パラメータについて、メンバーシップ関数を作成した。偏波パラメータのメンバーシップ関数は過去の先行研究を組み合わせて調整し、気温のメンバーシップ関数は固体降水粒子の融解温度が湿度によって変化することを考慮して新たに作成した。

この降水粒子判別法を、湿潤な環境場における固体降水粒子(乾いた霰、乾いた雪片、氷晶)の地上および現場観測を用いて検証した。降水粒子判別法の霰と雪片についての検証には、2009 年の冬季北陸地方における 2 事例の降雪雲についての地上降水粒子観測システムとX バンド偏波レーダーの低仰角の PPI スキャンの同時観測データを用いた。その結果、降水粒子判別法は地上で乾いた霰または乾いた雪片が卓越して観測されたそれぞれの時間帯に正しく乾いた霰または乾いた雪片を判別した。地上では氷晶が観測されることがほとんどないため、乾いた雪片と氷晶について判別法を検証するために 2011年と 2012 年に梅雨期の沖縄で行われた 3 事例の降水雲についての気球搭載測器(雲粒子ゾンデ:HYVIS)による現場観測データと、X バンド偏波レーダーの HYVIS方向の鉛直断面の同時観測データを用いた。その結果、降水粒子判別法は HYVISで乾いた雪片または氷晶が判別されたそれぞれの高度において乾いた雪片および氷晶を正しく判別した。これらの検証の結果、本研究で開発した降水粒子判別法は乾いた霰、乾いた雪片、氷晶を正しく判別できることがわかり、湿潤な環境場における固体降水粒子の判別において有効であることが示された。

開発の後、降水粒子判別法を夏季の孤立性の雷雲に適用し、実際に降水粒子判別を行い性能を確かめた。判別法適用の対象として、夏季の日本における孤立性の雷雲を選び、落雷極性と固体降水粒子分布の時空間分布との関係を調べた。雷雲内部の乾いた雪片、氷晶、乾いた霰、湿った霰の時空間分布を調べるため、降水粒子判別を行った。解析対象として、落雷極性の特徴が異なる 2 つの雷雲を選んだ:1 つはほとんど正極性落雷が生じなかった 2010 年 7 月 26 日の事例、もうひとつは降水コアの部分で正極性落雷が生じた 2010 年 8 月 26 日の事例である。両事例において、雷雲中の-10°C高度よりも上空に乾いた霰として判別された領域が大きい時間帯に降水コアの部分で負極性落雷が見られた。このことは、 -10°Cよりも低い温度(-10°C高度よりも上空)で霰が負に帯電するということを室内実験によって示した先行研究と整合的である。雷雲の帯電において重要な役割をになう霰に着目するため、雷雲の降水コアの部分の固体降水粒子分布を調べた。その解析の結果、正極性落雷をもたらした降水コアは高い高度(-45°C高度付近もしくはそれよりも上空)まで霰が多く判別されることがわかった。さらに、長時間にわたって高い高度まで霰が多く判別される状態を保持した降水コアでは正極性落雷の数が多くなった。正極性落雷を生じなかった降水コアでは、正極性落雷を生じた降水コアに比べて乾いた霰が判別される最大高度が高く(-45°C高度付近もしくはそれよりも上空)までは到達しなかった。これらの結果は、霰粒子が雷雲の降水コア内に高い高度まで保持されることが夏季雷において正極性落雷が生じる必要条件であることを示唆している。この正極性落雷は、降水コア内部で霰粒子の過冷却水滴による着氷成長率が高い条件下で正に帯電した霰によってもたらされると考えられる。夏季雷についての適用から、降水粒子判別法は固体降水粒子の分布を調べるのに適切であることが示された。

地上・現場観測による検証を含んだ開発と、夏季孤立雷に対する適用結果から、本研究で開発した降水粒子判別法は固体降水粒子(乾いた雪片、氷晶、乾いた霰)を効率的に判別し、夏季の雷雲中の降水粒子分布を調べるのに適していることが示された。したがって、今回の降水粒子判別法は固体降水粒子が関わる降水のメカニズムを調べるのに有効であると考えられる。この X バンド偏波レーダー用の降水粒子判別法は将来、雹がほとんど観測されない湿潤な環境場における固体降水粒子に付随した極端気象について、よりよい理解をもたらすと考えられる。近い将来、今日よりも高時間・空間分解能で行われる現業用の観測において、今回開発した降水粒子判別法が適用されることが期待される。

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