台風の降水形成における冷たい雨の雲物理過程に関する数値的研究

野村光春

雲解像モデルは、海上で発生・発達する雲・降水システムの内部構造やその内部で起きている力学、物理過程を理解するために非常に強力なツールである。多くの雲解像モデルは、降水システム内の雲・降水を陽に表現するため、冷たい雨の過程を考慮したバルク法の雲微物理パラメタリゼーションが用いられている。バルク法では、粒子の大きさ(粒径) によって雲粒子(雲水、雲氷) と降水粒子(雨、雪、霰、雹など) に分けて雲・降水を表現し、粒子の衝突、分裂、成長などの雲微物理過程を解いている。このバルク法を用いた数値実験を行うことにより、観測することが困難である雲内で起きている雲微物理過程を詳細に理解することができるようになった。また、雲解像モデルの発展や計算機の発達により、高解像度による数値実験が可能になり、梅雨前線や台風、冬季日本海上の降雪雲といった時間的にも空間的にも広範囲に及ぶ降水現象の理解が深まった。

この中でも、台風は水平スケールが数百キロメートルから1000 キロメートルほどの雨、風ともに非常に激しい大気現象であり、多くの深い対流雲とそこから広がる幅の広い上層の層状雲から形成されている。これまで、レーダーや衛星データを用いた研究だけでなく、数値実験による研究が多く行われてきた。近年、雲解像モデルを用いて、高解像度による数値実験が行われるようになり、台風の中心付近やアイウォール、スパイラルバンドなどの詳細な構造や、形成過程などが明らかにされている。スパイラルバンドは台風の特徴的な構造のひとつであり、形成される場所によってインナーレインバンドとアウターレインバンドに分けられ、どちらも強い降水をもたらすことが観測より明らかになっている。本研究では、インナーレインバンドに着目し、その内部で起きている降水の強化過程、特に雲微物理過程に関して詳細に解析を行うため、水平解像度2kmの雲解像モデルを用いて数値実験を行った。降水の強いインナーレインバンド内では、降水の混合比のピークが0℃ 高度の下だけでなく、上層にも見られた。0℃高度より上の降水の多くは霰であった。また、雲水(過冷却水滴) も多く存在していた。一方、降水の弱いインナーレインバンド内には、霰の量が少なく、雲水も0℃ 高度より上にはあまり存在していなかった。レインバンドの間には、雲水はほとんど存在しておらず、0℃高度より上には雲氷と雪が多く分布していた。インナーレインバンド内の強い降水は、0℃高度より上層にある霰によってもたらされていた。降水の強化には、冷たい雨の過程が大きな影響を与えていることが分かった。また、0℃ 高度より上層に多くの雲水が存在していることが必要であることも分かった。雲水が多く存在することにより、霰が多く生成され、霰によるライミングが活発になることによって、インナーレインバンド内の降水が強化されていることが分かった。このうち、霰によるライミングが、降水の強化に対して、最も重要な過程であった。

台風の中心近くでは、インナーレインバンドが同時に複数本観測され、しばしば2 本のレインバンドが近接することがある。この時、一方のレインバンド内の降水が強化されることが観測によって示されている。内側に位置するレインバンド(Band-I) 内の降水が強化されるメカニズムは過去の研究で示されているが、外側に位置するレインバンド(Band-O) 内の降水の強化に関しては、ほとんど示されていない。そこで、2 本のインナーレインバンドが近接する時、Band-O 内の降水が強化されるメカニズムを明らかにした。Band-I が衰弱し始めた時、雪の生成される量はあまり変化しないが、雪から霰へ成長する量が減り、0℃ 高度より上にある雪の量が多くなる。この雪が、対流圏中層で吹いている台風の中心から吹くアウトフローによってBand-I から輸送される。Band-O 内において、雲水が0℃ 高度より下から上層へ供給されていると、Band-I から輸送されてきた雪が雲水とライミングすることにより、霰に成長する。成長した霰が、さらに多くの雲水が存在していると、その雲水とライミングすることにより成長する。この過程によって、Band-O 内の固相水粒子が効率的に成長することによって、Band-O内の降水が強化されていた。これは、雪が種の役割を、雲水が雪の成長促進の役割をするシーダー・フィーダーメカニズムによるものだった。

このように、台風のインナーレインバンド内における降水の強化メカニズムや、2 本のレインバンドが近接するとき、外側のレインバンドの降水が強化されるメカニズムが明らかにされたが、上層の雲の分布や一部のレインバンドにおいて降水の強さが弱いものがあった問題があった。その要因として、対流圏上層に雲氷が過剰に分布してしまうため、雲頂高度の分布が観測と一致していなかった。原因として、本究で用いた雲解像モデルに雲氷の落下速度が0m s-1であったことがあげられる。そこで、雲解像モデルに雲氷の落下過程を導入し、雲頂高度の分布や降水過程に対してどのような影響があるかを調べた。雲氷の落下過程を導入することにより、雲氷の分布する高度が下がり、雲頂高度の分布や頻度分布が改善され、衛星による観測と一致するようになった。また、地上の降水量や強度においても増加した。特に、台風内部のアイウォールやインナーレインバンドなど深い対流雲によって形成されている場所の降水の強化への影響が大きかった。降水が強化された要因として、レインバンド内で雲氷が落下することにより、より低い層で雲氷から雪への成長が起きることにより、霰の種となる雪の量が低い層で多くなったことがわかった。また、中心に近い位置にあるインナーレインバンドやアイウォール内で生成された雲氷が落下することにより、落下しない時より雪の生成量が増える。その雪が対流圏中層に吹くアウトフローによって外側にあるレインバンドへ運ばれ、そのレインバンド内で生成される霰の種となり、降水が強化された。

梅雨前線、冬季日本海上の降雪雲に関しても、同様の感度実験を行った。どちらのケースにおいても、雲頂高度の分布が改善された。また、降水の強さにおいても、梅雨前線や冬季日本海上で発生する日本海寒帯気団収束帯(JPCZ) の降水が強化された。

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