博士論文要旨(服部 美紀)

西部北太平洋における降水量分布の年々変動に関する研究

服部 美紀

西部北太平洋域は地球上でも最も活発な降水域が広範囲に分布する領域であり, 西部北太平洋における降水量分布の年々変動を解明することは,地球規模での大 気大循環を駆動する基本的な熱源の変動を理解する上で重要であることに加え, 周辺アジア域の水循環を理解する上でも非常に重要である.本研究では,このよ うな西部北太平洋における降水量分布の年々変動を明らかにするため,全球月降 水量データを用いて,降水域の北上と降水量の増減を指標として季節変化パター ンを分類し,季節変化パターンの年々変動について調べた.また,降水量分布の 変動要因について,再解析データを用いて水蒸気フラックスとの対応関係を調べ, さらに熱帯低気圧による降水量の寄与を,再解析データと台風ベストトラックを 用いて調べた.

西部北太平洋における降水量分布の季節変化パターンは,フィリピン東沖における6月と8月の降水域の緯度と降水量によって,3つのタイプに分類された.タイプAは,6月から8月にかけて降水域が北上し,降水量が増加するという特徴を持つ年で,タイプBは,6月から8月にかけて降水域がほとんど北上せず,降水量がほとんど増加しないという特徴を持つ年である.タイプAはさらに,降水域の緯度が6月から8月にかけて北緯6度付近から北緯16度付近へ徐々に北上し,降水量が約6.5 mm day-1 から約10 mm day-1 へ徐々に増加するサブタイプA1と,降水域の緯度がより北側の北緯13度付近から北緯22度付近へ北上し,降水量が6月の約8.5 mm day-1 から7月にいったん減少して,8月に再び急激に増加して約12 mm day-1 となるサブタイプA2に分けられた. このような3タイプの季節変化パターンにおける降水量の違いに対して,水蒸気フラックスの変動を調べたところ,降水量の季節変化は,下層での東部インド洋からの西からの水蒸気フラックスと,オーストラリア北部から赤道を越えてフィリピン周辺に到達する南からの水蒸気フラックスの変化と対応していることがわかった.西からの水蒸気フラックスは,タイプAで非常に多いことに比べてタイプBでは非常に少なく,またサブタイプA1に比べA2で多く,その季節変化はそれぞれの降水量の季節変化パターンと非常によく対応していることがわかった.気圧場の解析から,タイプAでみられた西からの水蒸気フラックスの増加および水蒸気収束量の増加は,東南アジア・南シナ海周辺の低圧部が6月から8月にかけて徐々に東へ広がること,および太平洋高気圧が日本の南へ張り出すことに対応していることがわかった.

また,降水域の北上に対して,季節内振動の北進や活発化に伴って発生する熱帯低気圧の北進 による影響が考えられることから,3タイプの季節変化パターンに対する熱帯低気圧の寄与を,1979年から2006年のJRA25/JCDASデータより算出した熱帯低気圧の降水量を用いて調べた.西部北太平洋(北緯10度から25度,東経125度から150度)においては,総降水量が多くなるにつれ,熱帯低気圧による降水量が増加することが明らかになった.熱帯低気圧による降水の寄与率は,28年間の平均で13.2%,最大で34.5%となる.また,熱帯低気圧の降水量は,3タイプの季節変化パターンの差と同程度の量であった.月平均した熱帯低気圧の降水量と寄与率をタイプごとに比較すると,熱帯低気圧による降水量は各タイプにおける総降水量の特徴によく対応して変動しており,各タイプとも3ヶ月の間に約0.6〜2.0 mm day-1 の差をもたらしていることが明らかになった.また,サブタイプA1とA2の間における熱帯低気圧による降水量の差は,総降水量の差の38〜44%に相当することが明らかになった.さらに,降水域の北上が熱帯低気圧の降水による寄与を大きく受けていることがわかった.特にサブタイプA2は,サブタイプA1と比較して特にフィリピン北東の北緯15度から25度付近において熱帯低気圧の寄与率がより高く,最大値は60%に達することがわかった.熱帯低気圧の降水は,降水域の北上に対して緯度にして3度から5度程度の寄与をしており,熱帯低気圧による降水を除いた降水量分布からは,サブタイプA1とA2の間における北上の差がほとんどみられなくなることが明らかになった.

西部北太平洋における降水量分布の年々変動は,西からの水蒸気フラックスの増減や,熱帯低気圧による降水の変動と非常によく対応していることが明らかとなり,亜熱帯域におけるモンスーントラフと太平洋高気圧に伴うモンスーン循環が十分活発に発達するかどうか,および多くの熱帯低気圧が発生・発達してフィリピン北東付近へ到達するかどうかが,西部北太平洋における降水量分布の年々変動に対して大きな影響を与えていることが示唆された.また,降水量の増減や降水域の北上における年々変動に対して,熱帯低気圧による降水量の寄与が明らかとなり,雲量分布やOLRの解析からは得ることのできない新たな知見が得られた.
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