[Japanese] 博士論文要旨(佐野 哲也)

熱的局地循環に伴い発達する積乱雲と水蒸気輸送に関する観測的研究
(Observational Study of Moisture Transport and Cumulonimbus Clouds Developed with Thermally Induced Local Circulations)

佐野 哲也

夏季に、平野が山と海に接する複雑地形上で熱的局地循環が発達する時、谷風や海風によ り水蒸気が輸送され、多くの積乱雲が発達し降水をもたらす。この水蒸気輸送と積乱雲は、 熱的局地循環に伴う水循環プロセスにおいて重要な要素である。そこで本研究では、ドップ ラーレーダー、AMeDAS、GPS 可降水量などの観測データを用いて、濃尾平野とその周囲 の山岳域で、熱的局地循環に伴って発生した積乱雲の構造と時間発展、及び可降水量の変動 を調べた。

2000 年7 月と8 月において、0900 LST (LST = UTC + 9 時間) の地上天気図で日本付 近に低気圧や前線などの大規模擾乱が解析されていない20 日間を選び、熱的局地循環の発 達する場で発生した積乱雲の出現分布を、気象庁レーダーのデータを用いて調べた。飛騨高 地や両白山地、御嶽山、木曽山脈、伊吹山地など山岳域で多くの積乱雲の出現が見られた。 さらに美濃三河高原と濃尾平野の間でも積乱雲の出現が見られた。出現した積乱雲に伴う降 水量と降水時間を、レーダーアメダス解析雨量とAMeDAS の降水量のデータを用いて調べ た。その結果、伊吹山地や御嶽山、木曽山脈では、短い降水時間の間に、総降水量が200 mm を越える大量の降水がもたらされた。熱的局地循環が発達する場において積乱雲は短時間の 間に非常に多量の降水をもたらす。つまり、熱的局地循環に伴い発生する積乱雲は、短時間 に水を集め、その一部を降水として大量に地表へもたらす。そこでそのような積乱雲につい て、主にドップラーレーダーの観測データを用いて解析を行った。

1 つ目の事例として、2000 年7 月4 日に、谷風循環が発達する飛騨高地の山頂で発生し た積乱雲について調べた。この事例では、飛騨高地の斜面上の積乱雲からの外出流が谷風循 環の発達する伊吹山地の斜面に到達した時、積乱雲は出現し発達した。積乱雲は、反射強度 が50 dBZ 以上に達し、エコー頂は10 km 以上の、非常に発達した降水セルにより構成され た。このとき、発達した積乱雲の南の岐阜では濃尾平野からの谷風が発達していた。また、 南西の揖斐川では、谷風から積乱雲へ向かう風への変化が観測された。この時、揖斐川周辺 では可降水量は増加していた。さらに、積乱雲と、岐阜、揖斐川の間にあるGPS 観測点の 本巣では、可降水量の増加が見られた。濃尾平野からの谷風により輸送された水蒸気が、積 乱雲に取り込まれて、積乱雲の降水セルが発達した。その結果伊吹山地の斜面上に集中して 多量の降水がもたらされた。この積乱雲は発達時に分裂し、その一つは濃尾平野と美濃三河 高原の間に向かって移動した。その積乱雲は、多くの寿命の短い降水セルによって構成され ていた。降水セルの伝搬は速く、短時間の降水を広い範囲にもたらせた。

もう1 つの事例は、2000 年7 月5 日に、谷風の発達した伊吹山地の斜面に、遠州灘か らの海風が到達した時に発生した積乱雲である。環境場の鉛直シアは北西〜南東方向(伊吹 山地の斜面の方向とほぼ平行)であった。その積乱雲は6 組の降水セルのグループにより 構成されていた。降水セルのグループは、鉛直シアの風下に傾いた降水セル"Primary Cell" と、その風上側でほぼ直立した複数の降水セル"Secondary Cells" で構成されていた。こ のような積乱雲の構造は、過去に調べられた山岳で発達した積乱雲には見られないもので あった。Primary Cell からの外出流はその風上側へ向かい、下層の空気を持ち上げることで Secondary Cells は発生した。Primary Cell の対流の結果、弱い鉛直シアの場で形成され、そ のためSecondary Cells はほぼ直立していた。積乱雲の発達時に、伊吹山地の樽見で積乱雲 に向かう風が観測された。これは、積乱雲の発達に伴うもので、その結果、伊吹山地周辺の 水蒸気が積乱雲へ取り込まれ、Secondary Cells の発達に寄与した。

以上の解析結果から、熱的局地循環に伴う水循環プロセスにおける谷風と海風と積乱雲の 役割が次のように考察される。谷風と海風による水蒸気輸送と積乱雲からの外出流は、循環 内の水を集積する場所を決定すると考えられる。積乱雲の降水セルの発達と組織化により、 水蒸気の集め方と降水量やその集中度が異なる。特に本研究において、斜面上で停滞した積 乱雲は、積乱雲自身の発達に伴って周囲の水蒸気を集めることにより生じた独特な降水セル の構造とその発達により、斜面上に集中して降水をもたらせたことが分かった。水蒸気輸送 と積乱雲からの外出流による水の集積場所の決定と積乱雲の発達に伴う周囲の水蒸気の集積 は、熱的局地循環場の水蒸気分布を変動させる要因となる。また積乱雲を構成する降水セル の構造と組織化により異なる降水量とその集中度は、熱的局地循環場の降水量とその分布を 決める要因となる。これらの事は、熱的局地循環に伴う水循環プロセスに対して理解を深め るものである。

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