[Japanese] 博士論文要旨(若月 泰孝)

梅雨前線帯におけるメソスケール擾乱の階層構造に関する研究

若月 泰孝

梅雨前線帯におけるメソスケール擾乱は多量の降水をもたらし、時として集中豪 雨などの災害に結びつくことで知られる。また、これらのメソスケール擾乱が階 層構造を持つことが、これまでの多くの研究で指摘されてきた。その階層構造は、 大気力学過程と雲物理過程、そして積乱雲の組織化が相互作用することによって 生じる複雑なものであり、そのメカニズムは未だ完全には整理されてはいない。 本研究では、高密度特別観測のデータ解析によって、梅雨前線帯のメソαスケー ルクラウドクラスター(降水システム)の事例を調査した。そして、その内部の 階層構造に関して、新たな知見としての周期的変動が発見された。また、非静力 数値モデルによるシミュレーション実験で再現されるメソαスケール擾乱の特徴 を統計的に解析し、降水と低気圧との関係について考察した。

まず、梅雨前線帯のメソαスケールクラウドクラスター(CC)の事例解析の結 果は、以下のようにまとめられる。1996年7月7日に九州南西方の東シナ海 の梅雨前線帯で、豪雨を伴う長寿命で停滞性のメソαスケールCCが観測された。 その事例では、CC内部に降水システムの階層構造が観測され、その周期的変動 が新しい知見として発見された。CCの対流性降雨域は、東西の走向をもつメソ βスケール(100〜200km)線状対流システム(MβCL)で特徴づけられた。ここで、メソβスケールは新 たに定義したメソβスケールのサブスケールで、これに加えて、メソβスケール(20〜100km)も定義した。MβCLは主 にバンド状メソβスケール対流システム(MβCS) で構成され、MβCSは複数のメソγスケール積乱雲で構成され ていた。MβCSはそれ自身の作る発散風と環境風が、その風上 側に新たな積乱雲を作り出し、MβCS自身が維持するバックビ ルディングタイプの自己組織化した維持過程を持っていた。一方、CCに伴う強 雨は、背の低い低気圧のサイクロニックな循環に伴う南西からの暖湿気塊がごく 浅い層で流入することで発生した。また、梅雨前線帯下層の温度傾度は、浅い層 で流入する暖湿気塊に対する対流抑制を小さくさせた。それにより、強雨域は温 度傾度に直交する走向をもつ強雨の集合体であるMβCLとして 集団化したと考えられる。このように梅雨前線の環境と、背の低いメソαスケー ル低気圧は、MβCLの発生と維持に必要な環境場であると推測 された。

MβCLは5〜6時間周期で出現と消滅を2回繰り返した。発生 したMβCLの変化とそれに伴う階層構造の変化は、MβCLの北側に形成された冷気プールの振る舞いに大きく関係していた。 ここで、冷気プールはMβCL内で生成された水物質が、下層風 の風下側であるMβCLの北側に流され、蒸発冷却によって地表 付近に形成されたものである。十分に発達した冷気プールは、その発散風により MβCL内のバンド状MβCSをより発達させ、M βCSのひとつはスコールラインに似た特徴をもつ弧状MβCSに発達した。弧状MβCSは、速い移動速度、後方 に傾いた上昇流、後方からの下層流入風などが特徴的であった。そして最後に、 冷気プールのさらなる広がりによってMβCLは衰弱し、層状性 弱雨域が支配的となった。また、広がった冷気プールが移流により消散し、さら にMβCLを形成する環境場が復活したことにより、CCの西側 に新しいMβCLが再び形成された。Mβ CLの 生成から消滅までの時間は約2時間半、消滅から次のMβCLが 発生するまでの時間は約3時間であった。ここで、MβCLは梅 雨前線の環境場によってMβCSが列状に並ぶようコントロール され形成された。それによって、MβCLが形成する冷気プール がMβCLの北側で集団性を持ち、MβCLの周期 的変動をもたらしたと考えられる。また、変動の周期は、冷気プールの生成速度、 移流拡散速度によって決められていたと推測される。この周期変動のメカニズム は、いくつかの推論が含まれるものの、高密度観測によって初めて見出されたも のである。このように、階層構造の中で観測される、階層の違う周期性や集団形 成について、メカニズム推定を含めて発見できたことは、非常に意味深いことで ある。

次に、梅雨前線帯のメソαスケール擾乱の低気圧と降水の関係に着目した。20 02年から始まった共生プロジェクトの課題4サブ課題2では、日本周辺域の梅 雨期の地球温暖化に伴う気候変動を予測する目的で、非静力学モデルの長期積分 による領域気候実験が行われた。本研究では、この領域気候実験で再現された梅 雨前線帯のメソαスケール擾乱の、温暖化による構造や出現頻度の変化を調べた。 ただし、ここでは温暖化という摂動によってもたらされる擾乱の特徴の変化を調 べることで擾乱の気候学的特性を調べるという着目点から解析に利用している。 ここで、メソαスケール擾乱は、半径100km円内で領域平均された6時間降 水量の極大点で定義され、その閾値が20mm以上のものだけ抽出される。また、 台風や梅雨前線近傍でないもの、隣接擾乱は除去される。この定義の方法では、 総観規模低気圧に対応する降水現象などが多少含まれてしまうことや、エネルギー 収支計算や、ステージ変化などがきちんと扱えないデメリットがある。しかし、 初めて用いられたこの定義によって、メソαスケール擾乱を非常に簡単にトレー スでき、統計処理が容易に行える。抽出された擾乱個数の温暖化による変化は、 主に7月を中心として増加し、その増加傾向は強雨の擾乱ほど有意であった。強 雨擾乱の増加は、温暖化による循環場の変化に対応した長梅雨傾向と、下層の水 蒸気量が増加し対流不安定性が増すために起こる強雨化に原因していた。

擾乱を中心としたコンポジット解析では、降水中心の北西側に背の低い低気圧が 形成され、そのサイクロニックな循環に伴い下層で高相当温位の空気塊が降水中 心に向かって南側から流入する構造が見出された。この暖湿気塊流入が下層の温 度傾度の大きい領域で多量の降水をもたらしていた。過去の研究で報告されたこ ととして、一般的に低気圧の鉛直軸の東西の傾きが東に傾いた背の低い擾乱は、 非断熱加熱効果を入れた場合の、傾圧不安定モードの線形解として現れ、しばし ばそれに矛盾しない構造の擾乱が梅雨前線帯で観測される。時間方向のFFTに よって4日より短い周期変動のみを抽出し、低気圧の鉛直軸の東西の傾きの違い について調べた。その結果、西に傾いた擾乱(西傾型)と傾きの小さい擾乱(無 傾型)、東に傾いた擾乱(東傾型)の3種類のタイプに分類された。研究では、 西傾型と東傾型に着目して、コンポジットした平均構造を抽出した。その結果、 西傾型は非断熱加熱を考慮しない従来型の傾圧不安定擾乱構造に近い構造が見出 され、東傾型は過去の研究で指摘されたような、非断熱加熱を考慮した傾圧不安 定擾乱の構造がみられた。いずれのタイプも平均化すると背が低く降水中心のす ぐ西に低気圧中心がみられるが、温度パターンは大きく異なり、東傾型では東側 下層が低温で中上層は高温偏差となっている。西傾型では、逆に東側下層が高温 で中上層は低温偏差となる。ここで、温暖化に伴うそれぞれのタイプの擾乱の個 数の変化について調べると、降水量が25mmをこえる強雨傾向の擾乱について、 その増加数は有意に東傾型の方が多かった。この結果から、温暖化による強雨化 によって、擾乱における非断熱加熱の効果が大きくなるために東傾型の擾乱が増 えるという推論が成立した。また同時に、これまで線形論や少ないデータ解析で しか示されていなかった、メソスケール低気圧における非断熱加熱および降水の 効果の擾乱構造における役割を裏付けることとなった。

次に、西傾型擾乱と東傾型擾乱の特性や発生環境の違いを調べた。その結果、西 傾型擾乱は、より下層の南北温度傾度の大きく傾圧性の強い環境で発生していた。 これにより、下層の水平温度移流による加熱は、西傾型擾乱の方が大きくなって いた。また、西傾型擾乱は、大規模トラフなどと関係することも多く、降水シス テムのスケールに比べやや大きめの低気圧を伴っていることが多かった。それに 対して、東傾型擾乱に伴う低気圧は西傾型のそれに比べるとやや小規模であった。 また、いくつかのメソαスケール低気圧をトレースすることで擾乱を抽出し、そ の構造を調査した。その結果、西傾型擾乱は、準総観規模スケールまで成長する ことが多く、降水は低気圧中心の東側に広がるように分布することが多かった。 逆に東傾型擾乱の事例では、低気圧のスケールが大きくなることは少なく、降水 は低気圧東側近傍にコンパクトに分布することが多かった。ちなみに、1996 年7月7日の事例も典型的な西傾型擾乱に分類され、それにともなう強い下層の 暖気移流が冷気プールの効率的な生成と周期変動に重要な役割を果たしたと考え られる。

このように、本研究はサブシノプティックスケールからメソγスケールに至るま で、梅雨前線帯の擾乱の階層構造に関して、過去の東傾型擾乱の知見を踏まえて、 全てではないにせよ、そのメカニズムの解明に新たな知見を加えた。このことは、 梅雨前線帯擾乱の複雑性の理解にとって非常に意義深い。

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