スーパー台風とは西部北太平洋で発生する台風のうち、最も強いカテゴリーの台風で、ハリケーンカテゴリー4の最強部からカテゴリー5に相当する。地球温暖化に伴い熱帯低気圧の強度が増大することは、過去の観測データの解析や理論的研究から示されてきており、将来、台風の強度が増大することが憂慮されている。特に、西部北太平洋における非常に強い台風の将来変化は、災害や水資源の問題に大きく関わるために、東アジア諸国にとって重大な問題である。また、防災計画は台風強度の将来変化を考慮してたてていく必要がある。本研究は、21世紀末の地球温暖化が進んだ気候において、スーパー台風の強度変化の推定を試みたものである。
温暖化気候を想定した水平解像度20 kmの全球モデル実験で得られた台風のうち、生涯最大風速が最も強かったものから30個の台風を選び、これらについて積雲対流パラメタリゼーションを用いない雲解像モデルCloud Resolving Storm Simulator (CReSS) を用いて高解像度のダウンスケールシミュレーションを実施した。その結果、温暖化気候の実験で12個のスーパー台風が発生した。そのうちで最も強いスーパー台風は、最低中心気圧が857 hPa、生涯の最大地上風速は88 m s-1に達した。図1は現在気候と温暖化気候のそれぞれ30個ずつの台風について、強度順に並べたものを示しており、温暖化気候において、最低中心気圧はより低下、最大地上風速も増加しており、台風強度の増加が顕著であることを見て取れる。温暖化気候におけるスーパー台風の最大強度の信頼性を確認するために、様々な感度実験を行った結果、スーパー台風の強度について、実験の設定による不確定性は小さいことが示された。
防災の観点から、スーパー台風の経路と上陸地点は大きな問題である。図2に温暖化気候のダウンスケールシミュレーションにおいて発生した12個のスーパー台風の経路を示す。温暖化気候で発生した12個のスーパー台風は、西部北太平洋の領域を偏りなく通過しており、そのうちの9個のスーパー台風は、北または北東に進路を転向している。さらに、そのうちの6個のスーパー台風は、北緯30度を超えてもスーパー台風の強度を維持している。これは温暖化気候における北西大西洋の海面水温が高いためである。これらの結果は、日本を含む東アジアの国々のうち中緯度に位置する領域も将来はスーパー台風の脅威にさらされることを示している。
数値実験における非常に強い台風の発達の水平解像度依存性を、非静力学モデルを用いた再現実験により調査した。対象は、1958年9月に伊豆半島と関東地方に大きな被害をもたらした狩野川台風である。狩野川台風は、24時間当たりの最大中心気圧降下が90 hPaを上回る観測史上最も急激な発達を経て、最低中心気圧877 hPaに達した歴史的顕著台風である。このような急発達は、非常に強い台風の多くにみられる特徴であるが、発動条件やメカニズムについては未解明な部分が多い。近年、計算機性能の向上とともに、より高解像度の再現実験が可能となっている。そこで、水平解像度を変えた非静力学モデルによる狩野川台風の再現実験の結果から、非常に強い台風の発達に密接に関わる構造や、その再現に適した解像度を考察する。
用いたモデルは、気象庁・気象研究所で開発された非静力学モデルJMANHMである。感度実験は、水平解像度20 km(NHM20)、10 km(NHM10)、5 km(NHM5)、2 km(NHM2)で実施した。水平解像度が5 km以上のモデル実験は、気象庁55年長期再解析(JRA55)データを初期値・境界値とし、1958年9月21日00時(世界標準時)から開始した。またKain-Fritschスキームと雲物理過程を併用した。一方、NHM2は、NHM5の6時間毎の出力結果を初期値・境界値とし、1958年9月22日00時から開始した。NHM2では積雲対流のパラメタリゼーションは用いずに実験を行った。なお、すべての実験で海面水温は初期値の分布から時間変化しないとした。
各実験の強度に関わる指標を表1にまとめた。まず、再解析データであるJRA55では、最低中心気圧は926 hPa、6時間当たりの最大中心気圧低下量は-12 hPaと、観測値の877 hPaと-39 hPaに遠く及ばない。再現実験における最大強度や強度変化といった台風の強度特性は、モデルの水平解像度に大きく依存し、水平解像度が細かくなるにつれて増大することが分かる。とりわけNHM2では、最低中心気圧877 hPa、6時間当たりの最大中心気圧低下量-35 hPaと、ともに観測とほぼ同等の発達を再現している。一方、NHM5では、最低中心気圧889 hPaに達するものの、6時間当たりの最大中心気圧低下量は-18 hPa、最大風速変化量は9.1 m s-1とNHM2のほぼ50%である。
台風の強度変化は、内部コアの構造と密接にかかわる。図3に、最発達期の内部コアの平均構造を示す。NHM2では、20 m s-1をこえる非常に強い地表面付近のインフローが最大風速半径の内側まで入りこみ、その先端部付近の50 × 10-4 s-1をこえる高渦度域から、背の高く強い上昇気流域がほぼ直立して最大風速半径のやや内側に形成されている。この上昇気流域は30 × 10-4 s-1以上の渦度域を高度9 km付近まで伴っている。一方、NHM5では地表インフローは20 m s-1以下で、地表インフロー先端部の鉛直渦度と上昇気流はNHM2と比較して弱い。NHM10では地表インフローはさらに弱く、上昇気流も組織化されていない。先行研究の観測結果より、発達過程にある台風の内部コアには最大風速半径のやや内側に正の渦度を伴う背の高く強大な対流(Convective bursts: CBs)が分布することが知られている。図3に示したNHM2の内部コア構造は、それら観測結果と整合的である。
水平解像度を変えた感度実験において、NHM2のみが、最大風速半径のやや内側に背が高くほぼ直立した強い上昇気流を地表インフローの先端付近から形成し、観測に近い急激な中心気圧低下を再現することができた。このことは、狩野川台風級の非常に強い台風を再現するためには、水平解像度2 km前後以下のモデルを用いて、内部コアのCBを含む対流構造を表現することが重要であることを示唆する。
北西太平洋域の夏季モンスーン期には、偏東風の下層に入り込むモンスーンの西風は、その先端(東端)部において鉛直シアーの大きな場を形成するとともに、下層における水平収束による活発な対流活動をもたらす。その対流活動はクラウドクラスターを形成することによって台風の発生に寄与するとともに、この地域における降水のメカニズムを特徴づけている。本研究では、2013年6月にパラオ共和国において実施された特別集中観測Pacific Area Long-term Atmospheric observations for Understanding of climate change (PALAU2013)期間中に、パラオを設置した名古屋大学のXバンド偏波ドップラーレーダと海洋研究開発機構(JAMSTEC)のXバンドドップラーレーダの観測範囲内を通過したクラウドクラスターの降水形成過程を解析した結果を報告する。
集中観測期間中の6月25日から26日にかけて、パラオ共和国の東側に位置していたモンスーン合流域の下層収束によってクラウドクラスターが発生した。この時、高層気象観測の結果から、パラオでは高度5 km以下で南西風、その上層で北東風場となっており、大きな鉛直シアーがある場であった。風の場に対応して、対流圏下層に大きな反射強度域をもつ対流性エコーは北東進していた。一方、およそ高度5 km付近に位置している融解層よりも上層で観測される層状性エコーや静止気象衛星で観測される上層雲は南西進していた。図4に6月25日00時(世界標準時)から27日00時までの名古屋大学偏波レーダで観測された観測範囲内の最大エコー頂高度、エコー面積、最下層の降水強度の時間変化を示す。降水量が多かった時間帯は6月25日18時から26日09時の間である。この時間帯の前半(25日18時から26日01時)は、レーダ観測範囲内にモンスーン合流域から西進する上層雲がかかる前の時間帯である。この間、エコー頂高度は高く、最大降水強度も大きな値を示している。北東進する複数の降水帯より狭い範囲に強い降水がもたらされることで、降水量が増加していることが示されている。一方、降水量が多かった時間帯の後半(26日01時から26日09時)は、レーダ観測範囲内に上層雲がかかってきた時間帯である。この間、エコー頂高度は低く、最大降水強度も小さな値となっている。しかしながら、層状性降水域が広い範囲に広がったことで、広い範囲に降水がもたらされることで、対象領域における降水量は大きな値を示している。
先行研究(Yamada et al. 2010)より、鉛直シアーが大きな場で発生する熱帯域のクラウドクラスターでは、東進する下層の対流性降水域と西進する上層の雲域が重なる時に降水量が最大となることが示されていた。本研究では、降水量の増加は、最初に対流性降水域による強い降水が、次いで上層雲がかかった段階で層状性降水域が広い範囲に分布することでもたらされることを示している。上層雲がかかった段階での層状性降水の形成には、上層雲からの氷晶粒子の供給と下層における粒子の成長(シーダ・フィーダ過程)が寄与していると推定することができる。
熱帯域における降水システム内部の雲微物理学的な構造を明らかにするために、2013年6月に熱帯西部太平洋上に位置するパラオ共和国において、名古屋大学のXバンド偏波ドップラーレーダと雲粒子ゾンデHydrometeor Videosonde(HYVIS)、海洋研究開発機構のXバンドドップラーレーダを用いた集中観測(PALAU2013)を実施した。集中観測期間中の2013年6月15日には、進行方向前面に南北に連なる対流性降水域、後面に層状性降水域を伴う南北200 km、東西150 km程度の降水システムが、観測範囲内を東から西に通過した。本研究では、降水システム内部の氷晶粒子や雪片の分布を、HYVISより得られた画像と偏波パラメータの3次元分布の比較により調べた結果を報告する。
この降水システム前面の対流性降水域近傍に1基、後面の層状性降水域には3基のHYVISを放球した。対流性降水域に放球したHYVISでは、濃密雲粒付の氷晶粒子や霰粒子は全く観測されなかった。また、柱状粒子と板状粒子はそれぞれ主に6.2〜8.2 km(-6℃〜-15℃)と7.4〜10.2 km(-12℃〜-30℃)に分布していた。これらの氷晶粒子が観測された温度帯は小林ダイヤグラム(Kobayashi 1961)における柱状粒子が成長する温度帯(-4℃〜-10℃)、板状粒子が成長する温度帯(-10℃〜-22℃)よりも上層ではあるが、形成された粒子が上昇気流によって上向きに移流している状況でHYVISにより取得されたと考えると、対流性降水域の上昇気流域で氷晶粒子が形成されていたと考えることができる。また、柱状粒子、板状粒子とも層状性降水域では粒子が多数存在する高度や上端高度が、対流性降水域から離れるに従って低下していることも確認できた。このことから、対流性降水域中で形成された粒子は層状性降水域に移流されるとともに、自重により沈降していると推察することができる。
HYVISにより取得された粒子画像と偏波パラメータ(ZDR,KDP)との比較より、氷晶粒子(柱状・板状)と雪片が存在する領域で観測される偏波パラメータの値を規定した。図5にXバンド偏波ドップラーレーダにより取得されたZDRとKDPの水平断面図と鉛直断面図を示す。反射因子ZHの分布(図略)より対流性降水域は鉛直断面図における水平位置0〜20 km付近に位置していると考えられる。ZDRの高度6 kmの水平断面図では、対流性降水域から後方約50 km付近から後方の幅20 km程度の範囲で-0.2〜0.5 dB程度の0に近い値(薄いシェード)が帯状に南南西から東北東に連なっている。鉛直断面図におけるZDRが0に近い値の厚さは、融解層から上層1.5 km程度である。HYVIS観測との比較より、この範囲には柱状粒子が凝集して形成された雪片が存在していると考えられる。一方、雪片が存在していたと考えられる領域の上層6〜8 km付近では、KDPの値が0.5〜2.0 deg. km-1の領域(濃いシェード)が観測されている。この範囲には柱状もしくは板状の氷晶粒子が存在していると考えられる。層状性降水域の高度8 km以上ではZHの値が15 dBZ以下であるが、HYVISによる観測では8 km以上でも氷晶粒子は観測されていた。この領域は氷に対して過飽和であったため、対流性降水域の上層から移流してきた氷晶粒子が昇華凝結成長しながら沈降していると考えられる。また、日本の北陸地方の地上付近でしばしば観測される針状結晶や樹枝状結晶は対流性降水域・層状性降水域とも観測されなかった。
これらの観測結果は、熱帯域における非常に発達したスコールラインの構造を示した先行研究(Houze 1989)と一致するところは多いものの、対流性降水域における濃密雲粒付氷晶粒子や霰粒子が見られなかったことや、全領域で針状結晶・樹枝状結晶などが見られなかったことは、本研究で得られた新しい知見である。これらの観測結果を詳細に検討していくことで、降水システムの発生地域や大気環境場による降水システムの雲物理学的な構造の相違点を明らかにしていく必要がある。
西部熱帯太平洋上での熱帯低気圧の発生過程を明らかにするために、2013年6月にパラオ共和国において実施された集中観測(PALAU2013)では、名古屋大学のXバンド偏波レーダとHYVISを用いた観測を実施した。本研究では、2013年6月26日にパラオ上空を通過した降水システムに対して、10時13分に放球したHYVIS観測で得られた降水セルの上部の過冷却水滴と凍結水滴の分布についての解析結果を報告する。
融解層よりも上層では、過冷却水滴はHYVISのフィルム面上で凍結してしまうため、静止画の状態では過冷却水滴と凍結水滴を区別することができない。そこで、HYVISにより取得される動画を0.3秒毎に静止画に切り出して確認し、撮影された粒子の移動の有無に注目した。過冷却水滴はフィルム面上で凍結するために移動しないが、凍結水滴はフィルム面上で弾んで移動するという条件で両者の分類を行った。なお、本研究では、識別できる粒子の最小粒径を13μmとしている。
HYVISで観測される粒子数は、高度9 kmより上層で急激に増加した。HYVISとともに放球したGPSゾンデの位置情報とレーダ観測の水平断面(仰角0.6度のPPI観測)および鉛直断面(RHI観測)の時系列を比較すると、高度9 km付近より上層において、HYVISは発達中の降水セルの上部を通過していたと考えられる(図略)。この降水セル上部(高度9〜11 kmの範囲内で-38℃以上の温度帯)において、82個の過冷却水滴と46個の凍結水滴が観測された(図6)。100 μm以上の過冷却粒子は6個観測され、最大粒径は466 μmであった。過冷却水滴の粒径の中央値は40 μmであり、数濃度は104 m-3のオーダであった。また、凍結水滴の粒径の中央値は53 μmとほぼ同程度であった。観測された過冷却水滴の粒径は、アメリカ合衆国テキサス州で発達した積乱雲を対象とした航空機観測(Rosenfeld and Woodley 2000)により取得された過冷却水滴の粒径の中央値(17 μm)に比べて大きな値となっている。これは大陸性と海洋性の降水セルの違いを反映していると考えられる。図7に降水セル上部にHYVISが位置していたと考えられる高度9.5〜10.0 kmの粒径分布とセル外に位置していたと考えられる高度7.5〜8.0 kmの粒径分布を示す。降水セル上部では、200 μm以下の小さな粒子が多くなっており、二次氷晶生成過程の寄与による粒子数の増加の影響があると考えられる。
西部熱帯太平洋上で発生する降水セルの上部における雲物理学的な観測事例は極めて少なく、本観測結果は、数値モデルにおける氷晶生成過程を検討する上で有益な情報であると考えられる。
これまでに雲解像モデルCReSS を用いて日本周辺(温帯域)や熱帯域での数値実験を実施しているが、寒冷域での再現性の確認は行っていない。本研究では、2013年9月にJAMSTECの海洋地球研究船みらいによる北極海域観測MR13-06期間中に観測されたポーラーローを対象として、CReSSを用いて実施した数値実験の結果を示す。
水平解像度2.5 kmのCReSSを用いて、みらい定点観測点(北緯72.75度、西経168.25度)を含む2000 km×2000 kmで数値実験を実施した(図8bの全領域)。みらいのレーダで複数のポーラーローが観測された事例を対象として、2013年9月23日00時(世界標準時)を初期値として72時間にわたって計算を行った。GSM予報値を大気の初期値・境界値として、海面水温(SST)と海氷分布の初期値はMGDSSTとOISSTの両者を使用した。
図8に9月25日02時50分のNOAA-AVHRRの可視画像と同日03時のCReSSによる数値実験による鉛直積算凝結物の分布(雲域に相当)を示す。数値実験では、ウランゲル島の北東に位置する総観規模の低気圧の南側(北緯70.5度、西経170.0度付近)に渦状の雲域が見られる(図8b)。位置は若干異なるものの、同時刻のNOAA-AVHRRの可視画像でもメソスケールの渦状擾乱が観測されており(図8a)、数値実験で少なくとも一つのポーラーローの再現に成功したと考えられる。しかしながら、みらいのドップラーレーダにより観測された渦状擾乱に伴う対流性降水域のエコー頂高度がおよそ4 kmに及んでいたのに対して、数値実験による凝結物の上端高度は1.5 km程度であり、渦状擾乱に伴う雲の構造や大気の成層構造の再現性に問題があると考えられる。
みらい観測定点でのSSTは、観測では時間とともに高くなる傾向があるが、数値実験では海面からの顕熱・潜熱フラックスの放出により低下する傾向が見られ、計算終了時には1.0℃以上の乖離が見られた(図略)。熱帯域や日本周辺を対象とした実験ではこの様なSSTの乖離は見られないため、海洋モデルとの結合を考慮した再現性の検討が必要であると考えられる。
図9にみらい観測定点における高層気象観測と数値実験で得られた相対湿度の時間高度断面を示す。相対湿度が80%以上の領域が高度4 km付近まで到達していることや、9月25日に乾燥域が上層に入っている様子を再現できている。しかしながら、数値実験では9月24日09時以降、高度1 km以下に観測では見られない飽和層(霧層)が形成されている。大気の成層構造や境界層上端における水蒸気の鉛直輸送の再現性に問題があると考えられる。