日本のような湿潤域においてスーパーセルによりもたらされる弱い竜巻(フジタスケールでF0-F1)のメカニズムを解明するためには、詳細な事例解析の蓄積が不可欠である。本研究で対象とする「いなべ竜巻」は、2012年9月18日15時過ぎに三重県いなべ市藤原町で発生した。この竜巻をもたらした親雲は、湿潤な環境場で発生した降水システムを構成するものであり、日本のような湿潤域で発生する竜巻を理解するために適切な事例であった。本研究の目的は、いなべ竜巻の事例解析によって日本のような湿潤な環境場で発生・発達して弱い竜巻をもたらした親雲について、詳細な渦構造と発達過程を明らかにすることである。
親雲の渦構造と発達過程の解析には、東海地方に設置されている3台の国土交通省Xバンド偏波ドップラーレーダ (国交省MPレーダ) を用いた。渦の解析には、Plan Position Indicator(PPI)スキャンのドップラー速度データを用い、Donaldson (1970) や Suzuki et al. (2000) の手法を用いて渦の検出を行った。3次元気流場は、2台の国交省MPレーダのドップラー速度データを用いて、3次元変分法によるデュアルドップラー解析を用いて計算した。
国交省レーダにより取得されたドップラー速度場において、親雲内で1時間程度にわたって持続するメソサイクロンを追跡することができた。親雲内部には、先行研究で示されているフックエコーやオーバーハングエコーの下に広がる反射強度の弱い領域が見られた。3次元気流場の解析により、強い上昇流域と大きな鉛直渦度の領域が持続して同じ領域に存在していたことから、いなべ竜巻はスーパーセル型の親雲によってもたらされたと考えられる。竜巻発生時刻前後では、直径約4 kmのメソサイクロンの内部に、直径約1 kmのマイソサイクロンが検出され、被害域上空を通過していたことが示された。このマイソサイクロンは高度約3.5 kmまで達していた。15時05分(日本時)における親雲内の上昇流コアにおける上昇流は高度2 kmで約14 m s-1であった (図1)。高度1 kmでは、約10 m s-1の水平風が降水システムからの流出しており、地表付近でガストフロントを形成していた。この外出流は降水システムに流入する気流と同程度の風速であり、両者はバランスしていると考えられる。また、14時30分から14時55分までの間、メソサイクロンの南東部に正と負の渦度をもつ渦対が検出された。
本研究の解析結果より、いなべ竜巻が発生する10~30分前に、降水システム内の下降流により生じたガストフロント上で水平渦が立ち上がり、鉛直渦度をもつ渦対が形成されたと考えられる(図2)。この渦対のうち、正の渦度をもつ渦がメソサイクロン内に移流し、親雲内でマイソサイクロンが発達した。このマイソサイクロンによる局所的な上昇流の強化が渦を鉛直方向に伸長させて、いなべ竜巻が形成されたと考えられる。
融解層よりも上空に分布する雪や霰などの固相の凝結物は降水形成過程と密接に関係しているため、粒子の種類や分布を把握することが必要である。本研究では、広範囲かつ高頻度で降水粒子の形状を観測することのできるXバンド偏波ドップラーレーダデータを用いて、梅雨期の沖縄付近における融解層よりも上空の降水粒子の分布を調べる。解析対象は、2011年5月23日から36日間と2012年の5月7日から41日間に沖縄県の粟国島で実施した集中観測期間中に取得したRange Height Indicator(RHI)データである。
観測期間中に取得した1392事例のRHIデータより、エコーが無い時刻とエコーが融解層以下にしか存在しなかった事例を除く548事例を解析対象とした。このうち、明瞭なブライトバンドをもち融解層より上層に反射強度が30 dBZ以上の領域が存在しない事例を「層状性降水域のみで構成される降水システム」、融解層より上層に30 dBZ以上の領域が存在しブライトバンドが見られない事例を「孤立した対流セルから構成される降水システム」、融解層より上層に30 dBZ以上の領域が存在しブライトバンドも見られる事例を「層状性降水域の内部に対流セルが埋め込まれた降水システム」と定義した。図3にそれぞれの降水システムの代表的な鉛直断面図を示す。解析対象のうち、層状性降水域のみで構成される降水システムは465事例、孤立した対流セルから構成される降水システムは23事例、層状性降水域の内部に対流セルが埋め込まれた降水システムは60事例であったことから、梅雨期の沖縄域の降水は主に層状性降水域のみで構成される降水システムによりもたらされるということが示された。
解析対象となるRHIデータに粒子判別を適用して、各カテゴリの粒子の出現頻度を調べた。その結果、層状性降水域のみで構成される降水システムでは霰はほとんど見られなかった(図4)。また、孤立した対流セルから構成される降水システムでは、霰は高度11 km以下に存在しており、融解層付近では40%程度の頻度で見られた。しかしながら、観測結果より孤立した対流セルから構成される降水システムや層状性降水域の内部に対流セルが埋め込まれた降水システムの割合は小さいことから、強い降水の形成において霰の寄与は大きくないことが示唆される。このため、梅雨期の沖縄域における強い雨の成因として、融解層よりも上層での霰の成長より、層状性降水域の融解層よりも下層で雨滴の併合成長がより大きな寄与をしていると推定できる。
台風の種となる降水システムの内部構造と渦度の強化過程を明らかにするために、海洋研究開発機構(JAMSTEC)による特別強化観測PALAU2013と連携して、2013年5月30日から7月1日まで、西部熱帯太平洋上のパラオ共和国において偏波ドップラーレーダ(MPレーダ)と雲粒子ゾンデ(Hydrometeor Videosonde: HYVIS)を用いた観測を実施した。本研究では、PALAU2013における降水システムを対象とした観測の概要と初期解析結果を紹介する。
図5にパラオ共和国内に設置したレーダの配置を示す。アイメリーク(Aimeliik)州にJAMSTECのドップラーレーダ(観測範囲150 km)とHYVIS放球サイトを、ガラロング(Ngarchelong)州に名古屋大学のMPレーダ(観測範囲60 km)を設置した。両レーダとも停電期間などを除き7分30秒間隔でボリュームスキャン観測を実施した。また、19基のHYVISを放球して、降水システム内の雲・降水粒子の画像を取得した。
図6に、名古屋大学MPレーダで観測されたエコー頂高度と高度2 kmにおけるエコー面積の時系列を示す。観測期間中にパラオ周辺を通過し、後に台風に成長した降水システムを3例観測することができた。6月6日(DOY=157)に観測された降水システムが台風3号に、6月15日(DOY=166)に観測された降水システムが台風4号に、6月26日(DOY=177)に観測された降水システムが台風6号に成長した。これらの期間には降水エコーの面積が大きな値となっていることを見て取れる。このうち6月15日には南北に約200 kmにわたって連なる降水域が北西進する現象を観測した。この降水域は進行方向前面(西側)に南北に連なる対流性降水域、後面に幅が約150 kmほどの層状性降水域をともなっていた。この降水システムの対流性降水域後面から層状性降水域にかけて4基のHYVISを連続して放球した。図7は6月15日15時45分に層状性降水域に放球されたHYVISの高度6.15 km(気温-5.2℃)で取得された氷晶粒子の画像である。柱状の氷晶粒子、板状の氷晶粒子に加えて凍結水滴や過冷却水滴が存在していることを確認できる。
今後はMPレーダデータとJAMSTECのドップラーレーダを用いてデュアルドップラー解析を実施し、降水システム内部の3次元気流構造を計算して、降水システム内部の渦構造とその時間変化を示していくとともに、雲・降水粒子の分布との関連も解析していく。
台風の発達に対する周辺の環境因子の寄与を調べた研究は多く行われている。Park et al. (2012) は、再解析データから台風周辺の環境因子として鉛直シア(Vertical Wind Shear: VWS)と海洋貯熱量(Ocean Heat Content: OHC)を計算し、両者と台風の発達率の関係を調べたが、解析結果は先行研究の結果を支持するものではなかった。本研究では、雲解像モデル Cloud Resolving Storm Simulator(CReSS)とNon-Hydrostatic Ocean model for Earth Simulator(NHOES)を結合させた非静力学大気海洋結合モデルCReSS-NHOESを用いて数値実験を行った結果を用いて、VWSとOHCが台風の発達に与える影響の考察を行う。対象とした台風は、2013年にフィリピンに大きな被害をもたらしたT1013(Megi)である。数値実験の水平解像度は、台風内の積乱雲を解像するために、緯度経度座標系0.02度(およそ2 km)とした。数値実験は、T1013が発生した2010年10月14日00時から7日間にわたって実施した。
図8は、観測結果(ベストトラック)と数値実験のT1013の中心気圧の時間変化を示す。数値実験による最低中心気圧の出現時刻は観測結果に比べて12時間程度遅かったものの台風の発達・衰退の時系列や最低中心気圧(観測:885 hPa、数値実験:889 hPa)を良く表現できたいる。また、シミュレーションによるT1013は観測結果に比べて200 kmほど北寄りのコースをとったものの、7日間にわたるシミュレーション期間中の経路は良く再現できていた(図略)。
台風周辺の環境因子を以下の形で定める。台風中心付近の風速25 m/s以上となる円筒状の領域を台風内部領域とし、その外側の200 kmの円環状の領域を大気環境場、台風内部領域下を海洋環境場と定義する。そして、VWSは大気環境場の200 hPaと850 hPaの平均風の鉛直シア、OHCは海洋環境場の水温が26℃以上の熱容量の平均値と定義する。図9にT1013の発達率とVWS、OHCの関係を示す。図の右下(左上)の領域はOHCが大きく(小さく)、VWSが小さい(大きい)ことから、台風の発達に適した(適さない)環境場であると考えられる。T1013の発達初期(10月14日〜16日)や急発達期(10月17日12時〜18日00時)にはOHCが大きくVWSが小さな領域にあり、台風の発達に適した環境場であることが見て取れる。一方、台風の中心気圧が下がらなかった10月16日18時〜17日12時には、OHCの値が相対的に小さくVWSが大きな領域にあるため、台風の発達が抑制されたと考えられる。先行研究との比較により、高解像の計算における台風が周辺環境場に与える影響を表現すること、もしくは大気海洋結合の効果を表現することが、環境場が台風の発達に与える影響を推定するために必要であることが示唆される。
冬季の寒気吹き出し時に、日本海上で形成される日本海寒帯気団収束帯(Japan Sea polar airmass convergence zone: JPCZ)内部に水平スケール数10 kmのメソβスケールの渦状擾乱(以下、メソβ渦)が発生することがある。メソβ渦は日本海沿岸地域に近づくと気象レーダによってその構造を観測することが可能となり、上陸後は地上での気象観測の結果より突風を伴うことが示されている。本研究では、2011年1月29日にJPCZ内で発達したメソβ渦を対象として雲解像モデルCloud Resolving Storm Simulator(CReSS)を用いて数値実験を行い、メソβ渦の構造や突風の成因について考察を行った結果を示す。数値実験は日本海西部を含む領域で、水平解像度500 mで実施した。
図10に2011年1月29日14時30分(日本時)の気象衛星による可視画像と同時刻の数値実験の鉛直積算凝結物の水平分布を示す。JPCZに沿った帯状の雲列、JPCZ南側の雲列の走向、JPCZ内の複数のメソβ渦の位置や水平スケールなどが良く再現できていることを見て取れる。図10中のAで示されるメソβ渦を調べたところ、渦の水平スケールは約100 km、厚さは約1.5 kmであった。このメソβ渦を囲む領域で平均した運動エネルギーの時間高度断面図より、下層にメソβ渦に伴う運動エネルギーの極大域が存在すること、メソβ渦の上層2 km付近に運動エネルギーの極小値が存在することを確認した。そして、より上層には強風域に伴う運動エネルギーの極大値が見られた。上層の運動エネルギーの極大値と下層のメソβ渦に伴う極大値は中層の弱風域によって明瞭に切り離されており、メソβ渦に伴って見られる強風域の成因が上層からの強風域の移流であるとは考え難い状況であった。
この強風域の成因を調べるためにバックトラジェクトリ解析を行った。図11にメソβ渦に伴う強風域に流入した気塊の移動経路に沿った水平風速、高度、気塊のもつ運動エネルギー、気塊にかかる気圧傾度力の時間変化を示す。バックトラジェクトリ解析の結果、気塊は渦の北方の高度1 km付近より移流してきていた。移動経路における風速の値は10 m s-1程度と強風域における風速(25 m s-1以上)よりもはるかに小さな値であり、気塊がメソβ渦の近傍で加速されていることが見て取れる。バックトラジェクトリ解析の各時刻で気塊にかかる力を計算したところ、気塊の加速に伴って気圧傾度力の寄与も大きくなっていることが示された。このことから、メソβ渦の中心付近で低圧部が形成されて気圧傾度が大きくなることで気塊が加速され、強風域が形成されたと考えられる。
局地豪雨発生の予測やメカニズムの解明には数値モデルによる現象の再現性の向上が不可欠である。しかしながら、数値モデルを用いた局地豪雨の再現性は現時点でも十分ではない。本研究の目的は、数値モデルを用いてより正確に局地豪雨を再現するために、水蒸気データの同化の感度を明らかにし、再現実験や予報への利用可能性を検討することである。本研究では、2010年7月15日に岐阜県南部で発生した豪雨を、水平解像度1 kmで雲解像モデルCloud Resolving Storm Simulator(CReSS)を用いて実施した再現実験の結果を用いる。この事例では、GPS可降水量やレーダデータの同化を行わない場合、降水分布や降水強度を再現できなかった。そこで、GPS可降水量を3次元変分法により同化した実験と、ドップラーレーダより取得される水平風をナッジングで同化した実験を実施し、降水分布における同化のインパクトを調べた。また、3つの異なるGPS解析データを同化した場合のインパクトについても調べた。GPS解析データとして、GAMIT解析による予測歴を用いた再解析を行っていない「準リアルタイム解析」データ、GAMIT解析による精密歴に再解析を行った「再解析」データ、Berneseによる精密歴を用いた再解析を行っていない「F3解析」データを用いた。
図12に再解析のGPS解析データを用いて異なる同化手法による感度実験の結果から得られた積算降水量の水平分布を示す。同化なし実験では降水域を再現することが出来なかったが、GPS解析データの同化(図12a)やGPS解析データとレーダ水平風の同化(図12b)により、岐阜県南東部の降水域を再現できるようになっている。しかしながら、積算降水量の最大値は観測結果の半分以下であり、降水量の再現性は不十分である。この問題を解決するために、GPS解析データをナッジングで連続的に同化することで、水蒸気場を連続して改善した実験を試みた。その結果、積算降水量は観測値に近い値を示すようになった(図12c, 12d)。局地的に長時間にわたって降水が持続する事例で降水量の定量的な評価を行うためには、初期値だけではなく連続的に水蒸気量を同化する必要があることが示唆される。
同化に利用するGPS解析データに対する感度を比較するために、図13に多量の降水が観測されたAMeDAS観測点(多治見)を含む格子点における1時間降水量の時間変化を示す。GPS再解析を同化に用いた実験結果は、準リアルタイム解析やF3解を用いた実験結果に比べて最大降水量を示す時刻や量が観測結果に近い値を示している。GPS再解析は、天頂遅延量を推定する日の前後30日分の座標値を用いて、より正確にGPS可降水量の値を推定している。GPS再解析データは作成に時間がかかるために、降水予測に用いることはできない。しかしながら、GPS解析における可降水量の推定誤差が降水予測の改善のために大きな寄与をしていることが示唆される。また、GPS解析値が数値実験の結果に比べて湿潤である場合にのみ連続同化を行うことで、降水量の最大値を推定することが可能となることも示唆される。