研究紹介(2011年度)

熱帯低気圧の最大強度に対する内部コアの非軸対称成分の寄与

熱帯低気圧が獲得しうる最大強度は、2次元軸対称構造を仮定した理論モデルを用いることによって、存在する海域の海面水温や対流圏界面の温度などの環境場の物理量から推定することが可能である。近年では、2次元軸対称数値モデルを用いた数値実験によって、理論的研究において無視される複雑な過程を考慮した熱帯低気圧の強度予測の研究も数多く行われている。しかしながら、2次元軸対称モデルでは、熱帯低気圧の非軸対称性を考慮することはできない。一方、3次元静力学モデルを用いた最近の研究では、非軸対称性が熱帯低気圧の強度や構造の変化に寄与することが示さている。本研究では、3次元非静力学モデルCloud Resolving Storm Simulator（CReSS）を用いた理想実験によって、風速が最大となる内部コア領域の非軸対称性が熱帯低気圧の最大強度に及ぼす影響を、角運動量収支解析から定量的に見積もった結果を報告する。

図1に角運動量収支解析より得られた熱帯低気圧の内部コア領域における軸対称成分による接線風速の加速度、地表面摩擦・乱流による加速度、非軸対称成分による加速度の鉛直断面を示す。高度1 km以下で、軸対称成分は最大風速半径付近で接線風速を加速する一方で、非軸対称成分は接線風速を減速させていることが見て取れる。また、非軸対称成分による減速は、軸対称成分による加速に対しておよそ10％程度の大きさであることも見て取れる。表１に熱帯低気圧の最大強度を変えた4つの実験に対する最大風速、軸対称成分による加速度の最大値、非軸対称成分による加速度の最大値、軸対称成分の加速度に対する非軸対称成分の加速度の割合を示す。どのケースでも、非軸対称成分による減速は、軸対称成分による加速に対しておよそ10%程度の寄与を示している。また、最大風速が大きくなるとともに非軸対称成分による減速の寄与が大きくなることも見て取れる。この結果から、最大強度が強い熱帯低気圧においては、非軸対称成分による減速の寄与を無視することは適切ではないと考えられる。

また、内部コア領域における非軸対称性が維持されるメカニズムをエネルギー収支解析から示した。非軸対称成分の運動エネルギーは、非軸対称成分のポテンシャルエネルギーからの変換と、順圧過程および傾圧過程による軸対称風からの変換により生じていることを示した。傾圧過程による軸対称風からの非軸対称成分の減速への寄与は、非静力学モデルを用いた本研究において初めて示された知見である。

さらに、内部コア領域において、接線方向に高速な伝搬速度をもつ非軸対称な波が検出された。この波の伝搬特性を、浅水モデルの渦ロスビー波の分散関係式から得られる理論値と比較したところ、同程度の値であった。このことから、非軸対称成分は軸対称風の中を伝搬する渦ロスビー波として説明できることを示した。このことは、非静力学モデルを用いてシミュレートされた熱帯低気圧の内部コア領域における非軸対称成分は、渦ロスビー波の伝搬として説明することが可能であることを示唆している。

図 1: CReSSを用いたシミュレーション結果に、角運動量収支解析を行うことで得られた熱帯低気圧の内部コア領域における軸対称成分による接線風速の加速度（上）、地表面摩擦・乱流による加速度（中）、非軸対称成分による加速度（下）の鉛直断面図。濃淡が負の加速度（減速）への寄与を示す。横軸は台風中心からの距離を、縦軸は高度を示し、加速度は高度毎に半径方向に平均した値である。太実線は各高度における最大風速の鉛直プロファイルを示す。

表 1: 運動量交換係数、熱交換係数を変えることで、異なる4つの最大強度を示した実験に対する最大風速、軸対称成分による加速度の最大値、非軸対称成分による加速度の最大値、軸対称成分の加速度に対する非軸対称成分の加速度の割合。負の加速度の値は減速への寄与を示す。CE1.5はCTL実験に対して熱交換係数を1.5倍とした実験（熱帯低気圧の最大風速は大きくなる）、CD1.5は運動量交換係数を1.5倍とした実験（最大風速は小さくなる）であることを示す。

Xバンド偏波レーダおよび雲粒子ゾンデを用いた梅雨期の沖縄域における層状性降水域の氷粒子観測

梅雨期の沖縄域に代表されるような高湿潤環境場では、レーダ反射強度が40 dBZを超えるような層状性降水が頻繁に観測される。このような強い層状性降水をもたらす雲物理過程を理解するために、2011年梅雨期に沖縄県の粟国島で、名古屋大学地球水循環研究センターのXバンド偏波レーダ（MPレーダ）、雲粒子ゾンデ（HYVIS）、ディスドロメータを用いた観測を実施した。これらの観測データを用いて、層状性降水域の融解層上空の氷粒子の形状や粒径などの特性と、偏波パラメータや地上における雨滴粒径分布（Dropsize distribution: DSD）の特徴との関連を示すことを本研究の目的とする。

HYVISはバルーンにより雲内を上昇しながら、内部の接写カメラと顕微鏡カメラによってフィルム上に付着した粒径7 μm～2 cmの雲粒子を撮影する観測機器である。HYVIS放球中は、 MPレーダによる6分毎のボリュームスキャン観測に加え、飛揚するHYVIS方向の鉛直断面（Range Height Indicator: RHI）観測も行った。地上ではディスドロメータを用いた DSD観測も実施した。DSDデータは、1分毎に積算してガンマ分布にフィッティングを行い、粒径分布に関するパラメータを計算した。2011年5月23日から6月16日までの観測期間中、 6基のHYVISを放球した。

このうち、6月1日15時40分に放球したHYVISは、梅雨前線に伴う層状性降水域の融解層（0°C 高度: 4.5 km）より上層の氷粒子を観測した。この層状性降水域がMPレーダ設置地点を通過した際に、地上で降水強度20 mm h^-1 におよぶ降水が観測された。ディスドロメータで観測された DSD 関数の切片 N_w は大きな値（104 mm^-1m^-3）を示しており、数多くの小～中程度の粒径の雨滴が、大きな地上降水量に寄与したと考えられる。図2に、この層状性降水域を対象としたRHI 観測による偏波パラメータの値の頻度の鉛直プロファイルを示す。高度4.5～5 km に融解層が存在し、融解層より下層でレーダ反射強度（Z_h）は40 dBZ以上の値を示した。レーダ反射因子差（Z_DR）の平均値はおよそ1.5 dB、偏波間相関係数（ρ_hv）は0.99以上であった。偏波パラメータの高度方向の変化が小さかったことから、雨滴の蒸発や衝突併合による雨滴粒径の変化は小さかったと考えられる。

一方、融解層より上層（高度5～6 km）では、Z_DRは0.25 dB、偏波間位相差変化率（KDP）は0.3 - 0.5 ° km^-1と正の値を示している。ほぼ同時刻の高度5.2～6 kmの範囲におけるHYVIS の顕微鏡カメラによる観測では、長径が200～500 μmの角柱結晶（図3a）、角板結晶（図3b）、鼓型結晶（図3c）が確認された。一方、樹枝状結晶や雲粒付きの結晶は観測されなかった。この範囲の下層では、雪片（図3d）も観測された。この領域で観測されたZ_DRやK_DPの正の値は、角柱結晶や角板結晶が卓越する領域であることを示していると考えられる。融解層よりも上層で、 200 μm 以上の角柱結晶、角板結晶、鼓型結晶が凝集して多数の雪片を形成し、融解層よりも下層で数多くの小さな雨滴が形成されることで、降水強度の大きな層状性降水がもたらされたと考えられる。

図 2: 2011年6月1日16時11分のRHI観測による偏波パラメータの頻度（濃淡）と平均値（破線）の鉛直プロファイル。この時刻にHYVISはレーダから12.8 km地点の上空に位置していたため、レーダからの距離が2.8 kmから22.8 kmまでの範囲の偏波パラメータの値で頻度分布、平均値を計算している。高度の刻みは0.5 kmである。 (a) レーダ反射強度（Z_h）、 (b) レーダ反射因子差（Z_DR）、 (c) 偏波間位相差変化率（K_DP）、および (d) 偏波間相関係数（ρ_hv）を示す。頻度分布のビンサイズはそれぞれ、2.5 dBZ、0.25 dB、0.25 °km^-1、0.015である。

図 3: 2011年6月1日15時40分に放球されたHYVISの顕微鏡画像で観測された氷粒子の例。 (a) 角柱結晶、(b) 角板結晶、(c) 鼓型結晶、(d) 雪片を示す。矢印は粒子の長径を示す。

2010年７月15日に岐阜県南部で豪雨をもたらした降水システムの特徴

2010年7月15日に岐阜県南部において線状の降水システムにより豪雨がもたらされた。本研究では、国土交通省のXバンド偏波レーダ（MPレーダ）による観測データを用いて、降水量分布の時間変化を解析し、多量の降水量がもたらされた過程と降水システムの特徴を調べた。偏波間位相差変化率（K_DP）を用いて、5分間隔で1 km×1 km×0.25 km のの空間解像度で3次元的に降水強度を推定し、降水量の分布を求めた。そして、降水量分布の時間変化から、線状降水帯を構成するセルとセル群の特性を調べた。降水セルは、 4 mm/5 min以上の降水強度をもつ領域のうち極大値を1つもつ領域として定義し、セル群は降水セルを1つないし複数含む領域として定義した。

豪雨をもたらした降水システムは、一連のセル群が同じ場所を通過することによって停滞しているように見える降水システムと、セル群とともに速く移動した降水システムの 2つからなることを確認した。停滞した降水システムは6つのセル群により構成され、そのうちの5つ（4つ）のセル群が地上にもたらした降水量は50 mm（80 mm）を超えていた（表2）。一方、速く移動した降水システムは3つのセル群により構成され、それぞれ50 mm程度の降水をもたらしていた。本事例で観測された日降水量200～300 mmという豪雨は、これらの2つの降水システムに内包されるセル群が繰り返し通過したことによってもたらされたと考えられる（図4）。また、豪雨をもたらした8つの降水セル群のうちの7つが南西－北東方向に細長く伸びる形状であった。停滞した降水システムでは、速く移動した降水システムに比べて、セル群に含まれる降水セルの数が多く、降水セルの寿命も長いものが多く見受けられた。浜松における高層気象観測の結果から得られた下層の水蒸気量と、デュアルドップラー解析より得られた気流場を用いてセル群に流入する水蒸気量を計算し、MPレーダより推定された降水量に対する比として降水効率を計算した。表2に示されるように、セル群の降水効率は19％～41％と高い値であった。

停滞した降水システムと速く移動した降水システムの両者で、セル群とセルによりもたらされた降水量の最大値を見積もった。停滞した降水システム内の1つのセル群によりもたらされた降水量の最大値は52～90 mm、その中の1つの降水セルによりもたらされた降水量の最大値は 23～45 mmであった。一方、速く移動した降水システム内の1つのセル群によりもたらされた降水量の最大値は49～78 mm、その中の1つの降水セルによりもたらされた降水量の最大値は 16～69 mmであった。停滞した降水システム内の個々の降水セルによりもたらされる降水量は、速く移動した降水システム内のセルによる降水量よりも少なかった。しかしながら、停滞した降水システムでは降水セルがセル群を構成し、複数の降水セルが同じ領域を繰り返して通過することにより、セル群によってもたらされる降水量が大きな値となった。速く移動した降水システムでは、一つの降水セルからもたらされる降水量とセル群からもたらされる降水量が同程度であった。

表 2: 国土交通省のMPレーダにより観測された降水システム内の降水セル群の特徴。停滞した降水システム内のセル群を「S」、速く移動した降水システム内のセル群を「F」で示す。寄与率は15時から24時の間に最大積算雨量（322 mm）を観測した地点における、各セル群の寄与の割合を示す。

図 4: 各セル群によりもたらされた積算降水量分布。（左上) セル群S1（破線）とS2（点線）によりもたらされた降水量50 mmの等値線を示す。（右上）セル群S4（破線）、S5（点線）、S6（実線）によりもたらされた50 mmの等値線を示す。（左下）セル群F1（破線）、F2（点線）、F3（実線）によりもたらされた40 mmの等値線を示す。細実線は15時から24時の間にもたらされた積算降水量を200 mmから50 mm毎の等値線で示している。各セル群内の●、▲、◆は、最大降水量地点を示す。★は尾西市に設置されている国土交通省のMPレーダの位置を示す。

降水セル3次元検出アルゴリズムの改良

激しい降水をもたらす対流性降水域の構成要素である降水セルの検出、追跡を行うことは、降水量の定量評価や短時間予測を行おうとする場合に重要である。本研究では、先行研究で開発された降水セル3次元検出アルゴリズムを改良し、濃尾平野上で発生した降水システムに適用して降水セルの発達段階の判別を行った結果を示す。

先行研究により提唱された降水セル検出アルゴリズムは以下の通りである。 (1) 反射強度場に2階微分を適用して降水セルの中心部を求め、3次元的に降水セルを検出する。 (2) デュアルドップラー解析より得られる鉛直速度場に同様の手法を適用し、上昇流セルと下降流セル(以下、鉛直流セル) を3 次元的に検出する。 (3) 降水セルと鉛直流セルの検出結果より、両者の重複体積（図5のAもしくはBの領域）を用いて結合の判別を行う。 (4) 上昇流セルのみと結合している降水セルを「発達期」、上昇流セル・下降流セルの両者と結合している降水セルを「成熟期」、下降流セルのみと結合している降水セルを「衰退期」とする。

結合条件の閾値を再検討するために、名古屋大学と国土交通省中部地方整備局安城出張所に設置された2台のXバンド偏波レーダによって取得されたデータを用いる。減衰補正、折り返し補正、デュアルドップラー解析を行い、3 次元直交座標系で反射強度場と鉛直速度場のデータを水平・鉛直解像度0.5 km で作成する。陸上のデータに適用するためには、レーダデータに含まれるグランドクラッタを除去する必要がある。このため、地上高度1.5 km以上のデータのみを解析に使用する。

2009年8月9日23時30分(日本時)に観測された25の降水セル、103の鉛直流セルによる158 組の重複に対して、目視によって重複部分の体積、形状、層数を検討し、結合の判定を行った。その結果、重複が2層以上である場合に限り、重複体積A（B）が2.0 km3以上、もしくは重複体積A（B）の降水セルの体積に対する割合が7%以上である場合に、降水セルと鉛直流セルが結合しているとした。また、降水セルの発達段階として、上昇流（下降流）セルのみと連結しており、かつ鉛直流を計算できない領域が降水セルの体積の7%を超えている場合、衰退期（発達期）である可能性を排除できるため、この降水セルを「見かけ上の発達期（衰退期）」とした。

この降水セルの発達段階の判別手法を2009年8月9日23時00分から8月10日00時00分に取得されたデータに適用した。図6に23時30分の観測結果に本アルゴリズムを適用した結果を示す。レーダに近い領域においても、降水セルの発達段階が検出されていることが見て取れる。これらの検出結果について、目視により発達段階との比較を行ったところ妥当であった。

図 5: 降水セル、鉛直流セルとそれらの結合条件の概念図。A（B）は降水セルと上昇流セル（下降流セル）の重複部分である。

図 6: 2009年8月9日23時30分に名古屋と安城のレーダにより取得された降水セルの判別結果。それぞれの発達段階を濃淡で示す。「Dev.」は発達期の、「Mat.」は成熟期の、「Dis.」は衰退期の、「Und.」は発達段階の識別を行えなかった降水セルを示す。降水セル中に △印があるものは「見かけ上の発達期・衰退期」の降水セルを示す。 ★印は安城レーダの位置を示す。

名古屋周辺の暖候期にXバンド偏波レーダで推定した降水粒子の鉛直分布

降水システムの内部構造を理解するためには、降水システム内部の気流場などの雲力学的な特徴だけでなく、降水粒子の分布などの雲微物理学的な特徴についても調べていく必要がある。近年、Xバンド偏波レーダ（MPレーダ）が日本全国に展開されており、従来得られていたレーダ反射強度Z_hだけでなく、偏波パラメータ（レーダ反射因子差：Z_DR、偏波間相関係数：ρ_hv、偏波間位相差変化率：K_DP）を用いて、降水粒子の相（固相・液相）、大きさ、形状などの雲微物理学的な特徴を解析することが可能となった。本研究では、名古屋大学MPレーダを用いて暖候期に観測された降水事例を強雨域と弱雨域に分け、それぞれの領域における偏波パラメータの鉛直分布の特徴から降水粒子の鉛直分布を推定した結果を示す。

解析には、2010年4月4日から12月31日の各日01時と13時（日本時）に、名古屋大学に設置されていたMPレーダにより取得された観測結果を使用した。15 仰角のPPI ボリュームスキャンから得られた偏波パラメータについて、水平・鉛直分解能とも0.5 kmの 3次元直交座標系に変換したものを解析に使用した。Z_DR が降水粒子の形状（縦横比）を反映するように、レーダから40 km 以遠の偏波パラメータの鉛直プロファイルを解析に用いた。それぞれの時刻に降水エコーが広範囲にわたって、もしくは著しい降水エコーが観測された全40 事例について解析を行った。この40事例で得られた降水域を、鉛直カラム毎に「弱雨域」、「強雨域Ⅰ」、「強雨域Ⅱ」の3 つに分類した。「弱雨域」は、0 °C 高度よりも1.5 km下層におけるZ_hの値が30 dBZ_eよりも小さいカラムとした。「強雨域Ⅰ」は、00°C 高度よりも1.5 km下層におけるZ_hの値が30 dBZ_e以上、かつ0°C 高度よりも1.0 km上層におけるZ_DRの値が-0.3 dBよりも大きな値をもつカラムとした。「強雨域II」は、0°C 高度よりも 1.5 km下層におけるZhの値が30 dBZ_e 以上、かつ0°C 高度よりも1.0 km 上層におけるZ_DRの値が-0.3 dB 以上のカラムとした。

図7にそれぞれの降水域のZ_hとZ_DRの鉛直プロファイルの中央値を示す。「弱雨域」の融解層より上層では、Z_hの値が25 dBZ_e 以下、 Z_DRが正の値（0～0.5 dB）であることから、角板結晶や角柱結晶などの横長の形状をした小さな氷晶が主に存在していると考えられる。融解層直上では、Z_hと Z_DRが下層に向かって増加しており、層状性降水域の特徴であるブライトバンドに共通する構造が見られる。そして、融解層より下層では、Z_hの値は 25 dBZ_e程度、Z_DRの値は0.5 dB程度でほぼ一定であることから、主に小粒径の雨滴が存在していると考えられる。「強雨域I」の融解層より上層では、 Z_hとZ_DRは「弱雨域」と同様の傾向を示している一方、融解層近傍では高度の減少にともなってZ_hが大きく増加している。同高度でZ_DRが 0 dB前後の値をとっていることから、氷晶の凝集による雪片の形成が示唆される。そして、融解層より下層では、Z_hの値は30 dBZ_e 以上、Z_DRの値はおよそ1.0 dBとなっていることから、大粒径の雨滴の存在が示唆される。「強雨域II」の融解層より上層では、高度の減少にともなってZ_hが増加し、Z_DRの値がおよそ-0.4 dBと負の値を示すことから、霰の存在が示唆される。融解層より下層では、「強雨域I」と同様の傾向を示すことから、大粒径の雨滴の存在が示唆される。これらの結果より、「弱雨域」は層状性の弱い降水域に、「強雨域I」は先行研究との比較から層状性の強い降水域に、「強雨域II」は対流性の強い降水域に対応すると考えられる。

図 7: 「弱雨域（実線）」、「強雨域I（破線）」、「強雨域II（点線）」における (a) Z_h 、(b) Z_DR の全事例の中央値の鉛直プロファイル。縦軸は融解層（0°C 高度）を基準としている。融解層よりも上層にはZ_DRの値から角板結晶や角柱結晶 (b) などの横長の形状をした小さな氷晶が存在すると考えられる。融解層の直上には、「強雨域I」では雪片(a)が、「強雨域II」では霰(b)が存在すると考えられる。融解層よりも下層には、「弱雨域」では小粒径の雨滴 (b:下層左側)、「強雨域I」、「強雨域II」では大粒径の雨滴（b:下層右側）が存在すると考えられる。

厳冬期北海道東部内陸で観測された降雪帯の構造

北海道東部における弱い降雪雲内の雲力学、雲微物理学的な構造を理解するために、 2011年2月8日から2月28日にかけて、北海道足寄郡陸別町において、名古屋大学地球水循環研究センターのXバンド偏波レーダ（MPレーダ）、雲粒子ゾンデ（HYVIS）を用いた観測を実施した。2台のMPレーダを陸別町と訓子府町に設置し、5分間隔で12仰角の Plan Position Indicator（PPI）観測を実施する一方、降雪雲方向の鉛直断面（RHI）観測も適宜行った。

このうち、2月27日には温帯低気圧によりもたらされる降雪とは異なるメカニズムによる降雪帯を観測した。この降雪帯は、同日17時30分（日本時）頃に石狩山地の北東山麓で発生し、発達しながらおよそ8.5 m s^-1の速度で南下し、3～4時間かけて北海道東部を縦断して北海道南東海上に抜けたものである。降雪帯内部のZ_hの値は概ね 20～30 dBZ_eであり、降雪帯は東西30～40 km、南北10～15 kmの広がりをもち、エコー頂高度は3 km程度と低かった。図8に18時30分の高度1 kmにおけるZ_hの水平分布を示す。この時刻には陸別町、訓子府町に設置された2台のMPレーダから降雪帯を同時に観測することができており、Z_hの最大値も32 dBZ_eと観測期間中の最大値を記録した。図8の線分ABに沿った断面におけるZ_hと断面に沿った気流場の鉛直断面を図9に示す。降雪帯内部では下層からエコー頂高度まで北よりの風が卓越していることが見て取れる。降雪帯の前面（左側）と後面（右側）に高度0.5 kmから2.0 kmに及ぶ上昇気流域が解析されている。他の時刻においても高度1.0～1.5 km付近では1 m s^-1 程度の上昇流が観測されていた。

この様な弱い上昇気流内部における降雪粒子の形成機構を調べるために、RHI観測による偏波パラメータの鉛直分布を調べた。高度1.5 kmではZ_hの値は20 dBZ_e 程度と小さく、Z_DRの値はおよそ1.0 dBと正の値であった。このことから、角板結晶や角柱結晶などの横長の形状をした小さな氷晶が主に存在していると考えられる。高度が下がるにつれて、Z_hの値は増加、Z_DRの値は減少し、高度0.5 kmではZ_hの値は28 dBZ_eに、Z_DRの値は0 dBに近づいた。このことから、氷晶粒子の凝集により雪片が形成されたと考えられる。地上での降雪粒子の接写観測、および降雪帯通過時のHYVISを用いた観測でも、氷晶と雪片が混在していたことから、これらの粒子の推定が妥当であると考えられる。地上観測でも霰の存在は確認できなかったことから、降雪帯上層では氷晶が主たる粒子であり、降雪帯下層では氷晶と雪片が混在する構造であったと考えられる。

図 8: 2011年2月27日18時30分に陸別町に設置された名古屋大学XバンドMPレーダで観測された高度１km におけるZ_hの水平断面図（濃淡）。円弧はレーダの観測範囲、細実線は 500m毎の等高線を表す。

図 9: 図8の線分AB に沿った断面におけるZhと気流場の鉛直断面図。濃淡はZ_h、ベクトルは断面に沿った気流、実線（破線）は上昇流の速度（下降流の速度）を示す。

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