梅雨期の沖縄に代表される湿潤環境場においては、降水システム内に発達高度の 低い対流セルが存在することや、層状性降水域で発達する対流セルが存在するこ となど、湿潤環境場特有の対流セルの特徴が報告されている。このような対流セ ル内の降水粒子の空間分布および粒径分布を明らかにするために、梅雨期の沖縄 においてCバンドマルチパラメータレーダーとディスドロメーターを用いた観測 を行った。
対象としたのは2006年6月10日に沖縄周辺に停滞していた降水システムである。降 水システムを構成する層状性降水域と対流性降水域のそれぞれに存在していた対 流セルのうち、ディスドロメーター観測地点を通過した2つの対流セルについて、 マルチパラメータレーダーを用いて偏波パラメータを、ディスドロメーターを用 いて地上での雨滴粒径分布(DSD)を調べた。
RHIデータによる、2つの対流セルの反射強度の鉛直断面図を図1に示す。層状性降 水域に存在した対流セルの30 dBZのエコー頂高度は6 km以下と低いが、反射強度 は大きい(図1a)。偏波パラメータの解析から、高度3.5 kmよりも下層では、多数 の小粒径の雨滴が存在することにより、大きな反射強度となっていることが示さ れた。DSDの解析から、地上における降水強度に対しては直径1 mmから2 mmの小粒 径の雨滴の寄与が大きいことが示された。一方、対流性降水域に存在した対流セ ルの30 dBZのエコー頂高度も6 km以下と低く、反射強度も大きい(図1b)。これら の特徴は層状性降水域に存在した対流セルの特徴と共通している。しかしながら、 偏波パラメータの解析から、高度3.5 kmよりも下層では、大粒の雨滴が存在する ことにより、大きな反射強度となっていることが示された。このことは、DSDの解 析から、地上における降水強度に対して直径3 mm以上の大きな雨滴の寄与が大い ことと整合的である。以上の結果から考えられる2つの対流セル内における降水粒 子分布特性の概念図を図2に示す。
さらに、同じ降水システム内の層状性降水域に存在した31個の対流セルと対流性 降水域に存在した29個の対流セル内部の偏波パラメータの高度分布を調べた。そ の結果、高度3.5 km以下において、層状性降水域に存在した対流セルは小粒径の 雨滴が多数存在していたことが示唆され、対流性降水域に存在した対流セルは大 粒の雨滴が存在していたことが示された。これらの特徴は詳細に解析した2例の 対流セルと同様であった。このことから、2006年6月10日に沖縄で観測された降 水システムにおいて、層状性降水域においては多数の小粒径の雨滴を内在する対 流セルが、対流性降水域においては大粒の雨滴を含む対流セルが存在するという 降水粒子分布特性を明らかにした。
本研究では、南西諸島の下地島と多良間島に設置された名古屋大学所有の2台のX バンドドップラーレーダーによって観測された結果を用いて、2006年6月10日に発 生した梅雨前線と斜交する降水セル列の構造を明らかにした。
降水セル列は、西南西-東北東にのびる梅雨前線に伴って発生した強い降雨域内 に300 kmにわたって数10 km間隔で規則的に存在した(図3)。これらの降水セル列 は、梅雨前線と斜交する南南西-北北東の方向に降水システムの最小構成単位で ある降水セルが数個並ぶことによって形成されており、その長さは20-40 kmであ った。降水セル列の走向は、高度0.5-3 kmのシアーベクトルの方向と一致してい た。降水セル列を構成する降水セルは、降水セル列南端付近の下層の水平収束が 大きい領域において発生した後、高度3 kmの水平風と同じ移動方向・速度で北東 に移動し、降水セル列の北端で消滅していた(図4)。デュアルドップラー解析の 結果、降水セル列の南端に位置する降水セルは発達期の、降水セル列の中央に位 置する降水セルは成熟期の、降水セル列の北端に位置する降水セルは衰退期の特 徴を示している(図5)。また、降水セル列の南端付近以外の領域では、新しい降 水セルは発生していなかった。
本事例における降水セル列は、新しい降水セルが既存の降水セルの進行方向後方 で繰り返し発生することにより形成されていた。従って、バックビルディング型 の降水システムであると考えられる。しかしながら、降水セル列の北側に位置す る衰退期の降水セル内部の下降流は弱く、その降水セルから南に向かう下層の気 流は見られていない(図5)。既存の降水セルが新しい降水セルの発生に影響を及 ぼしていなかったという原因として、下層が湿潤であるために降水粒子の蒸発冷 却の影響が小さいという理由が考えられる。さらに、降水セル列の北側の領域は 対流中立の成層状態であった。これは前線付近で発生した対流活動によるものと 考えられる。この大気環境場場の特徴のために、降水セルは水平収束の大きい降 水セル列の南端でのみ発生し、北側の領域では降水セルの発生が観測されなかっ たと考えられる。また、降水セル列の長さ(およそ20〜40 km)は降水セルの寿命 (平均22分)と降水セルの走向に対して相対的な移動速度(27 m s-1)で 規定されていると考えられる。以上より、本研究では観測された梅雨前線に斜交 する降水セル列が、下層が湿潤である場において発生したバックビルディング型 の降水システムであるという事を観測的に示した。
竜巻とは積雲や積乱雲の下部で発生する激しい渦のことで、災害をもたらすよう な強い風を伴うものである。日本では竜巻の約20%が台風に伴って発生している。 台風の中心が遠く離れた場所でも竜巻による暴風が発生することがあり、これが 防災の点で大きな問題である。2006年9月17日に台風13号(T0613)が九州の西を北 上しているとき、宮崎県延岡市で竜巻が発生し、その強風により大きな災害が発 生した。本研究では雲解像モデルを用いて、台風に伴って発生した降雨帯の積乱 雲と竜巻の特徴を調べた。
本研究ではまず雲解像モデル Cloud Resolving Storm Simulator (CReSS) を用 いて台風全体を高解像度でシミュレーションを行った。シミュレーションの結果 はT0613の全体的な構造と移動を精度よく再現した。九州の東側に位置する降雨 帯部分では、3本の降雨帯がシミュレーションされた。これらの降雨帯は多数の 対流セルが並ぶことにより構成されており、それらの多くはスーパーセルであっ た。
多くの竜巻の水平スケールは数100m以下であるので、数値モデルにおいて竜巻を シミュレーションするためには数10mの水平解像度が必要である。本研究では水平 解像度を75mとしてシミュレーションを行った。実験の結果は竜巻を発生させるス ーパーセルの詳細な構造を示した。スーパーセルは南北方向に20 km、東西方向に 10 km程度の大きさを持ち、強い降水がセル南部の西側で発生している。顕著なフ ック構造 (釣り針状構造) がセル南端部に形成されている(図6)。このフック構造 の中に竜巻が形成された。図7に示したスーパーセル南端部の拡大図から、竜巻が フック状の降水構造の内側に形成している様子が見られる。竜巻の水平直径は約 300 mで、これは延岡の竜巻の被害幅が200 m程度であったことから観測とよく一 致していると考えられる。竜巻の渦度の最大は0.9 s-1で、中心の気圧偏差は-27 hPaであった。気圧場と速度場がよい対応を示していることから、この渦は旋衡風 バランスにより成立していたと考えられる。これは竜巻の最も顕著な特徴の一つ である。
延岡市で強風災害が発生したように、シミュレーションされた竜巻周辺の風速は 非常に大きく、竜巻の東側では70 ms-1以上に達している(図8)。一方で竜巻の西 側の風速は相対的に小さい。この風速の非対称性は北進する竜巻の右側(東側) での災害が大きいことと対応している。
もう一つのシミュレーション実験として、より広い計算領域で75mの水平解像度に よる実験を、地球シミュレータを用いて行った。その結果、台風の降雨帯に沿っ て多くの竜巻がシミュレーションされた。また、ほとんどの竜巻は最も外側の降 雨帯で発生していた。このことは台風の実験で、最も外側の降雨帯がスーパーセ ルによって構成されていたことと対応している。
日本においては、毎年台風の暴風雨によって多大な被害がもたらされる。台風 の暴風雨による被害地域や支払われる損害保険料を予測する上で、精度の高い 台風予測が求められている。暴風雨のような顕著現象を正しく予報をするため には、台風のスパイラルバンドを解像出来るほど高分解能な数値モデルが必要 である。本研究では雲解像モデルCReSSを用いて日本に多大な被害をもたらし た台風についての10事例の数値シミュレーションを行い、その精度の評価を行 った。
シミュレーション結果の1例として2004年の第18号台風に対して48時間のシミ ュレーションを実施した結果を図9に示す。北緯29度付近で東向きに転向する 様子、上陸位置、その後の加速など、シミュレーション結果は現実の移動経路 をかなりよく再現していた。初期場の段階では中心気圧に20 hPaの差があった が、約6時間後に現実とほぼ同じ値にまで低下し、九州上陸時の中心気圧(945 hPa)については、約1 hPa程度の誤差となっている。また、九州を中心とした 大雨や35 m s-1を越えるような強風もかなりよく再現できている。
次いで、計算した10事例のすべての結果に対する定量的な評価を行った。図10 は1時間降水量が20 mm以上の強雨頻度を示したものである。格子解像度がおよ そ20 kmの気象庁領域モデルRSMに対して、格子解像度が2.5 kmのCReSSでは強雨 の頻度の再現性が良いことが示されている。一方、強風災害において最大瞬間 風速が重要な要素であるが、この値を直接計算することは難しい。そこで最大 瞬間風速と最大風速の比として定義される突風率とCReSSで計算された最大風速 を掛けることによって最大瞬間風速を見積もり、その評価を行った(図11)。そ の結果、相関係数が 0.83 という非常に高い精度で最大瞬間風速の見積もりを 行うことができた。以上のことから、CReSSを用いた高解像度での台風のシミュ レーション結果は、台風による暴風雨をかなり高い精度で再現できることを確 認できた。
大気大循環モデル(GCM)において、大規模凝結過程(GCM格子スケールでの雲の生 成・消滅過程)は大きな不確定性を有する。大規模凝結過程では、GCM格子スケー ルで規定される総水量の平均値に対して、規定された確率密度分布(PDF)で総水 量が広がりを持つ事を仮定して、格子スケールの凝結水量や雲量などを規定す る。本研究では、雲解像モデルCReSSを用いて日本周辺を対象とした毎日のシミ ュレーション実験の結果を用いて、GCM格子スケールで総水量のPDFを出力し、 標準偏差と歪度を規定することを試みた。
GCM格子スケールのPDFを計算するために、2004年12月29日から2005年12月16日ま でのほぼ1年間のうち、計算が行なわれなかった日を除く303日分の雲解像モデル CReSSを用いた日本周辺の毎日のシミュレーション実験の結果を使用した。CReSS の水平解像度は5 km、鉛直解像度は0.5 kmである。適用するGCMとして水平解像 度がおよそ2.8度のT42を想定している。想定されるGCM格子スケール毎にCReSSの シミュレーション結果から得られた総水量の平均値(GCM格子値に相当する)を計 算し、総水量の平均値に対して 0.1 g kg-1 毎のビンを設定して、総水量の平均 値毎にその頻度分布を積算、規格化する事によりPDFを出力した。
総水量 0.1 g kg-1 毎の GCM 格子平均に相当する値に対する総水量 の標準偏差と歪度のプロファイルを図12に示す。総水量の格子平均に相当する値 が5〜15 g kg-1では、標準偏差の値はほぼ1.2 g kg-1、 歪度の値はほぼ0.2で一定の値を示している。個々のケース毎の総水量のPDFは、 正規分布に近いもの、ピーク値が非常に大きくなるもの、ダブルピークの分布を もつもの、幅の広い台形に近い形状の分布をもつものなど多様であるが、バルク で総水量のPDFを考える場合には正規分布に近い形状を示していると考えられる。 このことは、現在用いられている大規模凝結過程などのPDFとして、正規分布を 仮定しても良い事を示唆している。
一方、総水量の格子平均に相当する値が小さい場合 (〜 5 g kg-1) は標準偏差が小さく歪度が大きな正の値を示している。標準偏差が小さな値を示 すのは、総水量の下限に影響されるために、分布の幅が狭くなるためであると考 えられる。歪度が大きな値を示すのは、凝結物(氷粒子)の落下速度が遅いために 格子内に長く留まった結果、確率密度分布が総水量の大きな値の側に裾広がりの 形状を示しているためであると考えられる。また、総水量の格子平均に相当する 値が大きい場合 (15 g kg-1 〜) は標準偏差が小さく歪度が負の値 を示している。標準偏差が小さな値を示すのは、水蒸気混合比の上限 (相対湿度 100%) に影響されるために、分布の幅が狭くなるためであると考えられる。歪度 が負の値を示すのは、格子平均の相対湿度の値が大きくなる場合に顕著であった。 このため、凝結物 (雲粒、雨滴) が上昇流による鉛直移流や落下により格子内か ら抜けた結果、総水量の小さな側に裾広がりの形状を示したためであると考えら れる。
これらの特徴は緯度毎、高度毎には大きな変化が無かったが、海洋上と陸上の格 子点においては形状が異なる事が示された。また、季節別では冬季にのみ標準偏 差の値が小さい事も示された。今回示されたPDFは一つの例であるが、今後これ らのPDFについてより詳しい解析を進めることで、GCMにおける大規模凝結過程の 改良に資する情報を提供できると考えられる。
本研究ではモンスーンに影響されるバングラデシュ (88.05−92.74E、20.67− 26.63N) を対象として、降水システムの特性の研究を行った。バングラデシュの ように農業依存度の高い国における防災や水管理のためには、降水システムの分 布等特性に関する詳細な知識が必要である。
バングラデシュ気象局の2000年から2005年までの6年間のS-バンド気象レーダデ ータを用いて降水システムの特性を解析した。気象レーダデータより得られた3 時間以上の寿命と100 km以上の水平スケールを持つ降水システムを対象として解 析を行った。降水システムの特徴として、形状、大きさ、移動速度、寿命を調べ る。降水システムの形状は Arc type(弧状)、Line type(線状)、Scattered type(散在型)に分類する。降水システムの長軸の長さによって、その大きさを small (SS: 100〜200 km)、medium (MS: 200〜300 km)、large (LS: 300 km以 上) に分類する。 また、降水システムの移動速度は stationary (2 m s-1 以下)、slow moving (2〜7 m s-1)、fast moving (7 m s -1以上) と分類する。降水システムのおおよその寿命は入手可能な レーダデータから推定した。
解析の結果、4月から9月の、Arc type、Line type および Scattered type の降 水システムの出現数(出現頻度)は、それぞれ230(29%)、117(15%)、442(56%)で あった。Arc type、Line type、Scattered typeの降水システムの長軸の長さの平 均は、それぞれ185 km、184 km、268 kmであった。それぞれの移動速度の平均は 約11.0 m s-1、7.1 m s-1、5.8 m s-1であ り、それぞれの寿命の平均は4.3時間、4.0時間、4.8 時間であった。Scattered type の降水システムはモンスーン期(6〜9月)に支配的であり、Arc type の降 水システムはプレモンスーン期(4〜5月)に支配的であった。Line type の降水 システムはプレモンスーン期とモンスーン期で同程度の出現頻度であった。モン スーン期には水平スケールが大きく停滞性の降水システムが多く観測された一方 で、プレモンスーン期には水平スケールが小さく移動速度が大きい降水システム が多く観測された。プレモンスーン期の降水システムは南東進するものが多かっ た一方で、モンスーン期の降水システムは北西から北東または南東へ移動するも のが多かった(図13)。
また、この解析からバングラデシュの南東部から東部と北部に降水システムの出 現頻度が高いことが示された(図14)。解析された Scattered type の442個の 降水システムのうち244個の降水エコーがレーダ観測範囲内全面に分布していた。 これらの降水システムの移動速度は測定できないほど小さく、その寿命が長かっ たことから、SWAC (Scattered type system having wide areal coverage) と名 づけた。SWACの降水システムの97%はモンスーン期に発生し、モンスーン期の降水 量に大きな寄与があることが示された。