梅雨前線周辺におけるメソβスケールの対流システム(MβCSs)の主な構造特性 を明らかにするために、長江下流域を観測範囲とする合肥ドップラーレーダーの 2001年から2003年までの梅雨期の観測データを解析した。ブライトバンドフラク ション(BBF)法を用いて、MβCSsの対流域と層状域を分離し、対流域に対する 日平均と年平均のレーダー反射強度の鉛直プロファイルを計算した。
MβCSsの対流域についての各年の年平均鉛直プロファイルから、レーダー反射強 度のピークが低い高度(約 3 km)にあること、融解層より上空では急激な反射強 度の減少がみられることが明らかになった(図1)。MβCSsの特性を理解するため に、対流圏中層にエコー頂をもつ対流(CMD:convection of medium depth)とい う概念を提案した。15 dBZの反射強度でみたエコー頂が 8 km以下で、反射強度の ピークが高度 4 kmより低い対流セル群をCMDと定義した。
梅雨前線周辺における降水システムの構造特性を明らかにするために、MβCSsを 移動速度と梅雨前線との相対位置によってつぎの4つに分類した(図2)。1) 梅雨 前線の移動速度が 3 m s-1以下と遅く、降雨域が梅雨前線の南側にあるSSFタイプ 、2) 移動速度が遅く、降雨域が梅雨前線上にあるSAFタイプ、3) 移動速度が 7 m s-1以上と速く、降雨域が梅雨前線上にあるFAFタイプ、4) 移動速度 が遅く、降雨域が梅雨前線の北側にあるSNFタイプ。SSFタイプの主な対流はCMDで あり、対流域の面積の51%を占めた。SAFタイプにはCMDと深い対流(DC)がともに 存在し、CMDは対流域の面積の34%を占めた。FAFタイプの対流域はほとんどDCか らなり、SNFタイプにおける対流はCMDが支配的であった。SSFタイプが発生する環 境場は、地上付近の収束が弱いこと(2×10-5 s-1以下)、浮力がなくなる高度が 低いこと、及び対流圏中層以下の大気が湿潤であることで特徴づけられていた。S SFタイプの降雨量に対するCMDの大きな寄与と、SAFタイプにおけるCMDの無視でき ない寄与から、CMDは梅雨前線にともなう降水システムの主な構造の一つであるこ とが示唆された。
図1: 半径 60 km の合肥レーダー観測範囲内の年平均反射強度の鉛直プロファイル。 2001、2002、2003年についてBBF法によって分類された対流域と層状域に分けて示す。
図2: 中国長江下流域における梅雨期のメソβスケールの対流システムの概念図。太い 実線は地上の梅雨前線の位置を示す。雲の中の破線は0℃高度を示す。CMDとDCはそれ ぞれ対流圏中層にエコー頂をもつ対流と深い対流を示す。黒塗りの楕円は対流のコア を示し、コアの周りの実線は降水域を示す。梅雨前線南側の地上高度 2 km 以下は非 常に湿潤である。
梅雨期における東アジアの降水セルの特徴を調べるために、中国安徽省の寿県(大陸 上)における1998年6月17日から7月17日の観測結果、中国江蘇省の周庄(海岸部)に おける2001年6月10日から7月13日の観測結果、沖縄(海洋上)における2004年5月27 日から6月11日の観測結果を用いて解析を行った。環境場はラジオゾンデの結果より、 下層(高度2 km以下)および中層(高度2 kmから5 km)は全領域全期間において湿っ ていた。本研究では、梅雨期の東アジアにおける非常に湿潤な環境場での降水セルの 特徴として、降水セルの水平スケールを規定する「面積」、鉛直スケールを規定する 「エコー頂高度」、降水セル内部の降水粒子の鉛直プロファイルを規定する「コア高 度」、Zipser and Lutz (1994)の研究と比較するための「0℃高度よりも上部での最 大反射強度の鉛直傾度」を示した。特に「エコー頂高度」と「最大反射強度の鉛直傾 度」について詳しく解析を行った。
降水セル個数は、寿県で2978個、周庄で17529個、沖縄で5093個であった。降水セルの 平均面積は、寿県で16.8 km2、周庄で22.8 km2、沖縄で16.4 km2であった。面積とエコー頂高度の関係は、いずれの地点においても面 積が大きいほどエコー頂高度が高いという傾向を示した。しかし、面積が約20 km 2を越えるとその傾向は顕著ではなく、エコー頂高度はそれほど高くはならない 降水セルが多く存在した。
図3はエコー頂高度の積算確率密度分布を示している。いずれの地点においても0℃高 度(およそ5 km)以下の頻度こそ50%未満だが、0℃高度+1 km以下の頻度を求めると、 寿県で69.0%、周庄で74.1%、沖縄で80.8%であり、いずれの地点においてもほとんどの 降水が「暖かい雨」過程を経て降ってくることが示唆された。
図4は各観測領域において観測期間全体で検出された降水セルについて、各高度別の最 大反射強度の中央値の鉛直プロファイルを示している。最大反射強度の鉛直傾度は、 いずれの地点においても、0℃高度を超えると反射強度が急激に減少している。Zipser and Lutz (1994)は、海洋性の降水セルが大陸性の降水セルに比べて0℃高度を超える と反射強度が急激に減少することを示唆したが、本研究のケースでは大陸上の寿県や 海岸部の周庄でも、海洋性の降水セルに近い特徴を示した。これは本研究で扱った3地 点の環境場がいずれも湿潤な環境場であることに起因すると考えられる。湿潤な環境場 では容易に対流が発達し、潜熱を放出して中層を加熱するために、対流活動の指標であ るCAPEの値は小さくなると考えられる。そのために深い対流が発達しにくいと考えられ る。
図3: 各観測領域におけるエコー頂高度の積算確率密度分布図。実線は沖縄、破線は周庄、 一点鎖線は寿県を示す。
図4: 最大反射強度の鉛直プロファイル。太い実線は沖縄、太い破線は周庄、太い一点鎖 線は寿県を示す。Zipser and Lutz (1994)より、細い実線がオクラホマ(大陸性)、細 い破線が台湾(海洋性)、細い一点鎖線がオーストラリアのダーウィン(大陸性)、細 い二点鎖線がダーウィン(海洋性)の最大反射強度の鉛直プロファイルも示す。
梅雨前線帯は南北数百キロに及ぶ幅広い雲域を形成することが知られているが、その内部 の降水分布は時間的にも空間的にも非常に複雑である。梅雨前線帯の降水分布を形成する 要素として、これまで考えられてきた南北の高気圧からの気流場に加え、東シナ海付近で は大陸からの湿潤気流が存在することが Moteki et al. (2004) により明らかになった。 しかし、2004年に行われた航空機観測の結果、先行研究により示された構造だけでは説明 できない3本の収束域が観測され、梅雨前線帯にはまだまだ未解明な構造が存在すること が示唆された。そこで2005年6月23日に東シナ海上で航空機観測を行い、梅雨前線帯の気 流場・水蒸気場の詳細な観測を行った。
航空機観測は、2005年6月23日 03 UTCから東経 125.9 度上で北緯 31 ~ 25.5 度を高度 500 mで梅雨前線帯の南北プロファイルを測定し(以下500 m観測)、その後高度 15000 m から北緯25.9度、27.0度、28.0度、29.5度の4点にドロップゾンデを投下し鉛直プロフ ァイルを測定した(以下ドロップゾンデ観測)。
図5に高度500 m観測の結果、図6にドロップゾンデ観測の結果を示す。高度500 m観測の結 果、梅雨前線帯内部には北側に弱くて広い上昇流域(X)、南側には強い対流性の上昇流 域(Y)が観測された。これらに対応して2つの風向シアーが存在した。水蒸気傾度は、上 昇流域 X の北端で最も顕著であった。これら上昇流域の南北を挟む位置に投下された4つ のドロップゾンデ観測の結果から、それぞれ異なる性質を持った大気が収束していること が示された。強い上昇流域 Y の南側では、下層500 m以下が非常に湿潤で対流不安定な成 層をしていた。上昇流域 Y の北側と上昇流域 X の南側では、南側に比べて対流不安定度 は小さいが、比較的湿潤な成層であった。上昇流域 X の北側では、下層に寒気移流が観 測された。
それぞれの上昇流域を形成する気流構造を調べるため、雲解像モデル CReSS を用いた再 現実験を行った。4-km格子間隔で行った再現実験の結果を用いてバックトラジェクトリー 解析を行ったところ、図7のような4つの気流(北東、西南西、南西1、南西2)が梅雨前線 帯に流入していることが示された。上昇流域 X は北東気流と西南西気流の収束、上昇気 流 Y は南西気流1と南西気流2の収束により形成されており、ドロップゾンデで観測され た各気流の下層水蒸気量と対流不安定度の違いが、北側に弱い降水、南側に強い降水とい う複雑な降水分布を形成していたことが明らかになった。
図5: 航空機による梅雨前線下層500 m観測結果。2005年6月23日03~0415UTCに実施された。
図6: ドロップゾンデ観測による相当温位の鉛直プロファイル。
図7: バックトラジェクトリー解析結果。高度500 m、東経125.5度上の30点の気塊を追跡して いる。グレースケールは高度変化を示す。
西太平洋熱帯域において発生する、熱帯低気圧に発達するクラウドクラスターの内部構造を 明らかにするために、2005年5月から7月にかけて西太平洋熱帯域に位置するパラオ共和国に おいて、海洋研究開発機構地球環境観測研究センターと共同で、2台のドップラーレーダー を設置して集中観測を行った。観測期間である7月1日から7月2日にかけて、直径1000 kmス ケールのクラウドクラスターが、パラオ共和国上空を通過して(図8)、その後7月3日から7月 4日にかけてフィリピン上空で熱帯低気圧に発達した。
本研究では、主にドップラーレーダーデータを用いて、パラオ上空を通過した後に熱帯低気 圧に発達したクラウドクラスターの内部構造を詳細に調べた。静止衛星の赤外画像から、パ ラオ共和国上空を通過したクラウドクラスターの西側は36時間持続し、長径400 km、短径 300 kmスケールのメソ対流系システム(Meso-scale Convective System:以下 "MCS") で構 成されていたことが確認された(図8)。
ドップラーレーダーデータを用いて、クラウドクラスターの西側のMCSの内部構造を詳細に 調べた。クラウドクラスター西側を構成するMCSは、進行方向前面にライン状の対流域をも つ、5 m s-1で西進する線状降水帯を形成していた。ドップラー速度データを VAD法で解析し水平風の時間-高度断面を作成した(図9)。MCSを構成する線状降水帯の層状 域では、高度3 kmから8 kmにおいて、時間の経過と共に風向が北東から南東に変化し、メ ソスケールの正の渦が形成されていた。水平風が最も強かった高度6 kmにおけるメソスケ ールの渦の水平スケールと渦度を求めた。いくつかの仮定をおいて算出した結果、高度6 kmにおける渦の水平スケールは、直径323 km、渦度は 7.3×10-5 s-1であった。
クラウドクラスターの西側のMCSは、パラオ上空を通過後も持続して西進を続けた。7月3日 00 UTCにはMCSの雲域が分裂し、その北側の対流域が北進して熱帯低気圧に発達した。すな わち、観測された雲システムはMCSから熱帯低気圧発達まで連続したシステムであったと考 えられる。近年の先行研究では、発達したMCSの対流圏中層で形成される顕著なメソスケー ルの渦は、熱帯低気圧発達に大きく寄与することが示されている。本研究で観測されたMCS に含まれるメソスケールの渦は、先行研究で示される熱帯低気圧発達に必要な渦の厚さ、 水平スケール、渦度を伴っていた。
本研究で観測されたクラウドクラスター内部のMCSは、熱帯低気圧に発達する48時間前から、 熱帯低気圧発達に寄与できる程度のメソスケールの渦を伴っていたことが示された。このこ とから、熱帯低気圧の発達過程を理解するには、熱帯低気圧に発達する少なくとも48時間前 からのメソスケールの渦を追跡する必要があることが示唆された。
図8: 7月2日00UTCのパラオ共和国周辺域における静止衛星による赤外画像。矢印はパラオ 共和国の位置を示し、楕円で囲まれた雲域はMCSを示す。
図9: MCSがパラオ共和国周辺を通過した時刻におけるVAD法で求めた水平風の時間-高度断 面。ベクトルは水平風を示し、陰影は南北風成分を示す。
2002年12月から2003年2月にかけて名古屋大学の2台のドップラーレーダーを石川県の日本海 沿岸部に設置し、冬季に発生するメソスケールの気象擾乱の解明を目的とした観測を行った。 観測期間中の2003年1月29日には、北日本上空に強い寒気が流入し、日本海上には活発な降雪 システムが観られた。この日の18 JST頃から20 JST頃にかけて、エコー頂高度が5 kmを超え るような非常に発達した線状降雪帯を観測した。この線状降雪帯は日本海寒帯気団収束帯 (JPCZ)上で発生した擾乱ではなく、発達過程において陸風や地形の影響を受けてはいなか った。本研究では、そのような環境場で選択的に発達した線状降雪帯の発達要因を明らかに するために、線状降雪帯の構造と形成過程をデュアルドップラーレーダーデータと雲解像モ デルCReSSを用いて調べた。
ドップラーレーダーデータから、この線状降雪帯を構成する対流セルは降雪帯に対して上流域 と下流域で次々と発生し、それらが主風向に沿って並び、組織化されることによって線状構造 を維持していた(図10)。下層では降雪帯の北側で西北西の風が、降雪帯の南側で西風が卓越 し、2つの風向の風が収束して活発な線状降雪帯を形成していた。降雪帯下流域では線状降雪 帯北側遠方からの北より風の流入が見られ、そこでは局所的に下層収束が強化されていた。こ の下層収束の強化は、上流域で発生した対流セルの長寿命化と下流域での対流セルの発生に寄 与し、降雪帯の構造の維持に重要な役割をしていたと考えられる。
数値実験では、JPCZに伴う帯状の降雪域が衰退傾向になったとき、その南側で線状の降雪帯が 形成される様子が再現された。再現された降雪帯の南側下層には周囲よりも冷たい空気が存在 し、降雪帯の北側からは高相当温位の空気が流入していた。この2つの空気が収束することに よって、北から流入した高相当温位の空気が持ち上げられ、上昇流を形成してJPCZの南側に活 発な降雪帯を形成したことが示された(図11)。さらに、高相当温位の空気がJPCZの南側に到 達するためには、上空の寒気核が日本海上から遠ざかることで大気の安定度が増し、JPCZの構 造が崩れる傾向であったことが重要であったと考えられる。
図10: デュアルドップラーレーダーデータ解析から得られた線状降雪帯の構造の概念図。矢印 は対流セルの移動に相対的な風を示し、閉曲線は個々の対流セルを示す。
図11: JPCZの南側で、降雪システムが選択的に強化される様子を示す。JPCZ上の降雪システムの 衰退に伴って高相当温位の空気がJPCZの南側まで到達する。
雲解像モデルCReSSを用いて、雷雲内電荷分布と雷の時空間分布を再現する雷モデルを開発した。
雷活動は大きく分けて『雲構成粒子の帯電による電荷の蓄積』と『発雷による電荷の消費』に分 けられる。本研究では雷モデルの開発にあたり、雲の帯電機構については微物理過程において発 生する氷晶、雪、霰の帯電機構である着氷電荷分離機構を用いた。CReSSに『電荷』を予報変数 として新たに導入し、着氷電荷分離機構に基づいて、電荷分離と電荷分布のモデル化を行った。 電荷分布からは電位、そして電界が計算される。発雷判定では計算された電界を発雷の閾値とし、 発雷後の電荷の消費をパラメタライズする発雷パラメタリゼーションを用いた。 /p>
夏季に雷をもたらす積乱雲は、その成熟期初期に雲の上層に正電荷領域、中層に負電荷領域、 下層に局所的な正電荷領域という電荷分布の三極構造を示す。モデル内の積乱雲の帯電機構と 発雷判定による夏季雷雲の電荷分布三極構造の再現性を検証するために、人工的に作成した環 境場を用いて水平解像度500 mでの二次元理想実験を行った。理想実験の結果、雲放電や落雷 を発生させた雷雲において、電荷分布の三極構造が確認された(図12)。
また、2006年8月12日の愛知県で発生した雷雲を対象として、現実の環境場を用いて落雷を再現 する三次元数値実験を行った。再現実験における水平解像度は4 kmである。再現実験では愛知 県西部で発生した雷雲が落雷をもたらした(図13)。その落雷を中部電力株式会社の落雷位置 標定システム(LLS: Lightning Location System)と比較すると、その落雷範囲や落雷時刻に 改良の余地を残した。しかし、実際に雷雲が発生した環境場で落雷が再現されたことから、雷 モデルを用いた発雷予測の可能性への端緒をつけた。
図12: 理想実験開始から3900秒後の雲水、雨、氷晶、雪、霰それぞれの電荷密度を足し合わせた 正味電荷密度の鉛直断面図。濃淡が正味電荷密度、実線が雲の境界、破線が-40℃と-10℃の 等温度線を示す。
図13: 再現実験において発生した落雷回数(濃淡)。