研究紹介(2005年度)

CReSSを用いた毎日の気象シミュレーション

気象学研究室では、雲解像モデル CReSS (Cloud Resolving Storm Simulator) を用いて、毎日の高解像度気象シミュレーションを実施している。シミュレーショ ンは2004年12月29日から、一部の中断期間を除いてほぼ1年3ヶ月にわたって行わ れている。この間、ほぼ毎日の日本付近の気圧配置、気流分布、降水分布につい てのシミュレーションデータが蓄積されている。これらのシミュレーションの結 果については、ウェブ ( http://www.rain.hyarc.nagoya-u.ac.jp/CReSS/fcst_exp.html)において公開 されている。

シミュレーションを実施するにあたり、気象業務支援センターよりリアルタイム で配信されるRSM(Regional Spectral Model)のデータを初期値、境界値として 使用している。気象業務支援センターにおいてRSMのデータが更新されると、更 新されたデータを用いて指定された領域を対象とする毎日のシミュレーションを 水平解像度4〜5キロメートルで実施し、結果の図を自動的に研究室のウェブペー ジにアップするシステムが確立されている。

シミュレーションの例として、2005年2月1日から2日にかけて、名古屋市付近で 観測された降雪現象についての結果を示す。図1は2005年2月2日3時の気象庁レー ダーによる降水分布を示す。同時刻のCReSSを用いたシミュレーション(図2)に おいても、若狭湾から岐阜県西部を通過して愛知県西部 http://www.rain.hyarc.nagoya-u.ac.jp/CReSS/fcst_exp.htmlまで延びる降雪バ ンドが再現されている。また、2005年6月に東シナ海上で行われた梅雨前線を対 象とした航空機観測の実施に際しても、図3に示すような水蒸気収束の水平分布 の予測結果を用いて観測計画を立案した。このように、CReSSを用いた毎日のシ ミュレーションはある程度の精度をもって予測を行えていると考えられる。

今後は、毎日のシミュレーションを継続して実施するとともに、蓄積されたシミュ レーション結果を統計的に解析することによって、CReSSのシミュレーション結 果の精度向上を行う予定である。また、蓄積されたシミュレーション結果を用い て、大気大循環モデル(GCM)のパラメタリゼーションの精度の検証を行うための 議論も始まっている。将来的には、CReSSを用いて、水平解像度1kmスケールでの シミュレーションを実用化し、豪雨や暴風などの予測を行うことによって、防災・ 減災に貢献する事を目標としている。

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図1: 2005年2月2日3時(日本時)における気象庁レーダによる降水分布(濃淡)。

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図2: 同時刻のCReSSによるシミュレーション結果。降水分布を濃淡で示す。

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図3: 2005年6月23日12時(日本時)の東シナ海上、高度10mにおける水平風(矢 印)と水蒸気収束量(濃淡)。水蒸気収束域を横切るように、測線Aに沿って航 空機観測を実施した。

台風に伴う豪雨の量的予測実験

日本を含む東アジア地域では、豪雨の多くが台風と梅雨によってもたらされる。 これらは貴重な水資源をもたらすとともに、しばしば洪水や地滑りなどの災害を 引き起こし、社会的・人的被害をもたらす。このため台風や梅雨に伴う豪雨の量 的予測は、これらの自然災害の軽減には不可欠である。2004年10月20日、日本に 上陸した台風23号(T0423)は豪雨による大規模な洪水をもたらし、国内で100名近 い死者を出すなど、大きな災害をもたらした。特に近畿地方では北部を中心に大 規模な洪水災害が発生した。台風のもたらす豪雨を量的に予測することを目指し T0423を例として、雲解像モデル CReSS (Cloud Resolving Storm Simulator)を 用いて予測実験を行ない、どの程度量的にかつ降水分布が詳細にシミュレーショ ンされるかを調べた。

台風が10月20日に日本に上陸するころには、中緯度の傾圧性の影響を受け、明瞭 な眼や対称な構造はなくなりつつあった。降雨域は中心の北から東側に存在し、 レーダー観測からはその中に明瞭ではないがレインバンドが観測された。近畿地 方北部での降水の特徴は、10月19日21UTC頃から弱い降水がはじまり、20日04UTC 頃に急激に降水強度が増加し、6時間ほど20〜30mmhr-1の激しい降水が持 続したことである。この急激な増加はレインバンドの侵入によるものと考えられ る。

CReSSによるシミュレーションは、2004年20月19日12UTCを初期値として30時間の 計算を、地球シミュレータの128ノード(1024CUP)を用いて行なった。計算領域は 移動していく台風全体を計算できるほど広くとり、一方で個々の積乱雲を表現で きるように水平格子解像度を1kmとした。このような大規模な計算は地球シミュ レーターを用いてはじめで可能になるものである。計算の結果は、台風の中心の 経路、中心気圧、台風内の降水の分布などを非常によく再現した(図4)。特に 台風の北側から東側にかけてのレインバンドなどがよく再現されている。地上観 測と比較して、降水量の時間変化がよく予測されたことが示されている(図5)。

気象庁AMeDASと地上観測点のデータと予測された降水を比較し、RMSE、相関係数、 スレットスコア及びバイアススコアを用いて降水の予測精度を検討した。CReSS の予測では相関係数が0.9程度あり、またスレットスコアからも降水が量的に精 度よく予測されていることが示された。特にスレットスコアとバイアススコアを RSMと比較すると、強い雨で顕著にスコアが高く30mmhr-1を超えるような 激しい雨の量的予測には雲解像モデルが有効であることが示された。

本研究の例で示されたように、台風に伴う中緯度での豪雨を量的に精度よく予測 するためには、台風の進路や台風内の降水域あるいはレインバンドを精度よく予 測する必要がある。また、氷相を含むような降水機構が正しく数値モデルで表現 されていることも重要である。このような1時間雨量が30mmを超えるような激し い雨の予測は、雲解像モデルを高解像度で実行してはじめて量的に精度の高いも のになる。今回の実験で、台風とそれに伴う豪雨の予測およびその研究には高解 像度での雲解像モデルを用いたシミュレーションが不可欠であることが示された。

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図4: シミュレーションで得られた2004年10月19日15UTCから20日15UTCの総降水 量(mm)。図中の十字は福知山の位置。

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図5: 豪雨が観測された福知山の気象庁AMeDASで観測された1時間降水量の観測値 (棒グラフ)とCReSSの1時間積算降水量(実線)およびRSMの1時間積算降水量(破 線)の時間変化。

梅雨前線南方で発生した局地豪雨の複合過程

梅雨前線付近で発生する豪雨は、梅雨前線に沿って発生するものばかりではなく、 その南側で発生するものもある。そのような豪雨の形成原因には様々なものがあ るが、これまでの事例でみられたものとして、甑島(鹿児島県西海上約40km付近 にある島)や長崎半島の風下にできるライン状の降雨帯などがある。また、豪雨 が発生する場合に、対流圏の中上層に乾燥域が観測されることがある。1988年の 九州特別観測(浅井1990)では、降水域の北側の対流圏中層からの乾燥空気の侵入 が、下層の冷気塊を形成し降水を強化していることが示された(Ishihara et al. 1995; Kawashima et al. 1995)。坪木・浅井(1995)は、この降水強化が梅雨 前線南側でのメソフロントの形成とともに起こったことを示した。本研究は梅雨 前線の南側で、地形による強制だけでなく上層乾燥空気の侵入に伴って複合的に 起こった降水強化のプロセスを、雲解像モデルを用いたシミュレーション実験に より調べたものである。

注目した事例は2003年7月19日から20日に、熊本県から鹿児島県で発生した豪雨 である。この豪雨は水俣市周辺で6時間で200mmを越える豪雨をもたらし、多くの 被害が発生した。このとき梅雨前線は朝鮮半島南岸にあり、豪雨はその南側の大 規模場の顕著な擾乱のない領域で発生した。気象庁のレーダー観測では、九州西 海上の甑島からのびる降雨帯があり、その北西の海上に形成されたメソ降水シス テムに伴う強い降水域が九州西岸に侵入している様子が見られた。水俣市付近の 豪雨は、甑島からのびる降水帯とメソ降水システムに伴う強い降水域の両方によっ て形成されたと考えられる。

本研究で用いた数値モデルCReSS (Cloud Resolving Storm Simulator)は雲解像 の非静力学モデルで、特にVer.2は地球シミュレータに最適化されている(地球 シミュレータにおける性能評価で、ベクトル化率99.4%、並列化率99.985%、ピー ク性能比33%を達成している)。実験は地球シミュレータを用いて水平解像度1km で行ない、計算領域を東シナ海と九州を十分広く含む領域に設定した。初期値は 2003年7月19日00UTCの気象庁RSMのGPVを用いた。

シミュレーションでは甑島の風下には降雨帯が形成される。初期値から15時間目 の降水分布(図6)をみると、甑島の風下に発生した降雨帯と九州西海上に発生し たクラウドクラスターに伴う強い降水帯が形成されている。これらは観測によく 対応している。この降水帯の北側上空高度6km付近には、相対湿度が20%以下の非 常に乾いた領域が存在していた。地上気温の分布では降水帯の北側に低温域があ り、下降流と地上発散がみられる。発散風の南に向かう成分が、南側において南 西風との収束を形成し、その結果として収束域上空において強い上昇流を形成し た。南北方向の鉛直断面では、降水帯のすぐ南で相当温位傾度が大きく、これは 降水帯が発達するとともに形成されたメソフロントと考えられる。このメソフロ ントに沿って、下層収束が強化され、降水強化が起こったと考えられる。この強 化された降水は時間と共に甑島の風下に形成された降雨帯と併合し、水俣を中心 とする九州西岸に強い降水をもたらした。同時刻の甑島を除いた感度実験の結果 (図7)では、西海上のクラウドクラスターはシミュレーション実験と全く同様に 形成されているが、甑島風下の降雨帯は全く表れない。このことからこの降雨帯 は甑島があることによって形成されたものであることが分かる。

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図6: 2003年7月19日の熊本県水俣市で発生した局地豪雨のシミュレーション。19 日00UTCを初期値として、15時間目の高度1500mの雲水と雨水の混合比(濃淡; g/kg)と水平風(矢印)。

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図7: 同時刻の甑島を取り除いた感度実験の結果。

谷風に伴う積乱雲と可降水量の時間変化

夏季に谷風の発達する山岳斜面上で積乱雲は発達し、しばしば激しい降水をもた らす。このような積乱雲は谷風循環に伴う水循環プロセスの一つの構成要素とし て重要な役割を果たす。この役割を理解するためには、谷風循環に伴う水蒸気輸 送と積乱雲とを関連づけた研究が必要とされる。本研究では、濃尾平野の北側に ある両白山地と飛騨高地を含む山岳を夏季に谷風が発達する山岳の一例として取 り上げ、夏季に谷風の発達する山岳斜面で発生した積乱雲の発達と、それに伴う 可降水量の時間変化を調べた。

解析には気象庁のレーダー、アメダス、国土地理院で運用されている Global Positioning System (GPS) 緻密観測のデータより計算された可降水量の各デー タを用いた。事例は、1日を通して地上付近が高気圧に、上空が寒冷で乾燥した 空気に覆われた2000年7月4日である。時刻はすべて地方標準時 (LST = UTC + 9 時間) で示す。

図8はアメダス観測点における風向風速と、気象庁のレーダーにより観測された 積乱雲に対応する対流性エコーを示す。1230 LST に、谷風が発達する山岳の山 頂付近で対流性エコー P1 が発達した(図8a)。1410 LST になると、山頂付近で 衰弱した P1 からの外出流が広がっていた(図8b)。山岳の南北斜面で、対流性エ コー N1 と H1 が発達した。南側斜面で発達した対流性エコー N1 に着目すると、 N1 は降水強度 64 mm h^-1 を超えた。アメダス観測点八幡で、N1 の通過時に 60 分間で 14 mm の降水を観測し、N1 からの外出流も観測された。N1 の風下で は谷風が吹走していた。1530 LST では、衰弱し外出流が発達した N1 の風下側 で、降水強度 64 mmh-1を超える対流性エコー N2、風上側で弱い対流性エコー P2 が出現した(図8c)。

図9は、アメダス観測点における風向風速と可降水量の時間偏差を示す。1230 LST では山頂付近で P1 に対応して可降水量が増加した(図9a)。一方、斜面から 麓での谷風が吹走するところでは小さい増加を、場所によっては減少を示した。 1410 LST になると、山頂部で P1 の衰弱に対応して可降水量は急激に減少した (図9b)。斜面上では、発達する N1 に対応して可降水量は急激に増加した。N1 の風下の谷風場でも可降水量は増加した。1530 LST では、衰弱した N1 に対応 する領域で可降水量は減少した(図9c)。発達した N2 に対応して可降水量の時間 偏差の勾配が大きくなっていた。また、山頂部で P2 の出現の対応して可降水量 の増加が見られた。

谷風による山頂への水蒸気輸送の結果、山頂付近で積乱雲が発生した後、その積 乱雲からの外出流が斜面で谷風と収束し、かつ局所的に可降水量が増加した所で 新しい積乱雲が発生した。斜面で発生した積乱雲は、可降水量が短時間で急激に 増大している領域で発達し、非常に大きい降水強度をもたらした。この積乱雲は 谷風循環に伴う水循環プロセスにおいて、谷風により輸送された水蒸気を積雲対 流の効果により集積し、その水蒸気を持ち上げて多くの雨滴を形成し、地表に多 量の降水をもたらすという役割を果たしていると考えられる。また、積乱雲から の外出流が、風下で谷風と収束を形成するだけでなく、水蒸気を山頂に再輸送さ せるという役割もしていたと考えられる。

謝辞:GPS可降水量は国土地理院の観測データを、気象研究所でGIPSY-OASIS II を用いて解析したものを使用しました。

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図8: 気象庁レーダで観測されたレーダエコー分布を示す。時刻は(a)1230 LST、 (b)1410 LST、(c)1530 LST。レーダエコーを示す濃淡のコンターは、1、4、16、 32、64 mm h^-1 を示す。矢羽根はアメダス観測点での風向風速を示す。細い黒 のコンターは、標高100、500、800、1000、1500、2000、2500mの等高線を示す。

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図9: 可降水量の時間偏差を濃淡で示す。時間は(a)0900 LST〜1230 LST、 (b)1230 LST〜1410 LST、(c)1410 LST〜1530 LST。白いコンターは 2 mm 毎の可 降水量を、矢羽根はアメダス観測点での風向風速を、黒丸は GPS 受信機の位置 を示す。細い黒のコンターは、標高100、500、800、1000、1500mの等高線を示し、 黒で塗られた領域が標高1500m以上の地形を示す。

2004年初夏の中国淮河中流域における対流境界層内の鉛直循環の特徴

本研究の目的は、2004年初夏の中国淮河流域における対流境界層とその内部の鉛 直循環の特徴を明らかにすることである。中国淮河流域は広大な平野であり、地 表面はほぼ一様な農地である。この地域では二毛作が行われており、初夏に地表 面状態が成熟した小麦畑、裸地、水田の順に変化する。

まず、1290 MHzウインドプロファイラとフラックス観測システムによる観測デー タを解析した。地表面フラックス観測の結果、地表面が成熟した小麦畑もしくは 裸地であった期間は、顕熱フラックス、潜熱フラックスの値が同程度であった。 一方、地表面が水田であった期間は、顕熱フラックスの値が小さく潜熱フラック スの値が非常に大きいという特徴がみられた。そこで、それぞれの期間を乾燥期、 湿潤期と定義し、晴天である代表日を選んで詳細な解析と比較を行った。ウイン ドプロファイラ観測の結果、乾燥期には大きな顕熱フラックスの値に対応して、 対流境界層内部には大きな上昇速度を持ったサーマルが見られ、対流境界層は午 前早くから急速に深くまで発達した。湿潤期には小さな顕熱フラックスの値に対 応して、対流境界層内部には上昇速度の小さなサーマルが見られ、対流境界層は 午前遅くからゆっくりと浅く発達した。サーマルとその補償下降流により構成さ れる鉛直循環は、対流境界層内に限って存在していた。対流境界層の上端高度が 高かった乾燥期の循環に比べ、上端高度が低かった湿潤期の循環の水平スケール は小さかった。しかし、乾燥期の13 - 15 LSTにおける鉛直流の時間平均のプロ ファイルが下層から中層で正値、対流境界層上端付近で負値となる現象はランダ ムなサーマルでは説明することができなかった。

そこで、観測では得られていない温度・湿度の変動量を含む対流境界層内の三次 元構造を調べ、循環による鉛直輸送量を評価するために、CReSS (Cloud Resolving Strom Simulator) を用いた再現実験を行った。数値実験の結果、観 測された地表面フラックスと対流境界層の時間変化を、乾燥期・湿潤期共に再現 することができた。乾燥期の対流境界層中層には、平均的な水平風にほぼ平行な 走向で線状に並んだロール状対流が存在していた。ウインドプロファイラにより 観測された鉛直流の平均値のプロファイルはロール状対流の上昇流域に対応する ものであると考えられる。次に、対流境界層内の熱・水蒸気の鉛直フラックスを 算出し、それぞれの浮力フラックスへの寄与を調べた。乾燥期の浮力フラックス はほとんど熱フラックスに依っていた(図10(a))。一方、湿潤期は水蒸気フラッ クスが熱フラックスと同程度に浮力フラックスへ寄与することを示した(図 10(b))。対流境界層の発達に影響を及ぼす浮力フラックスに対して、熱フラック スだけではなく水蒸気フラックスも寄与するという特徴は、水田から大きな潜熱 フラックスが供給される湿潤な陸域における対流境界層の特徴であると考えられ る。

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図10: 乾燥期(a)、湿潤期(b)のケースの13 LST(計算開始から5時間後)における 全領域平均した鉛直フラックスの鉛直プロファイル。浮力フラックスを実線、熱 フラックス(熱フラックスの浮力フラックスへの寄与と同値)を点線、水蒸気フラッ クスを一点鎖線、水蒸気フラックスの浮力フラックスへの寄与を破線で示す。水 蒸気フラックスの単位は [10-3kg kg-1ms-1]、 他は[K m s-1]で示す。

太平洋高気圧下の海洋上の大気境界層内の鉛直循環に関する数値実験

亜熱帯海洋上の大気境界層の構造を明らかにするために、JST/CREST LAPS (Lower Atmosphere Precipitation Study) の一環として、2002年8月、南西諸島 の下地島において、ラジオゾンデとエアロゾンデを用いた観測を実施した。観測 により、大気境界層下部においてもしばしば温位と比湿が逆位相で変化する(高 温位・低比湿気塊と低温位・高比湿気塊が共存する)乱渦の存在が確認された。 このような状況は、どのような大気境界層内の鉛直循環場を反映しており、どの ような物理過程により駆動されているのかは明らかにされていないため、観測中 に取得されたラジオゾンデデータを用いて、大気境界層内の鉛直循環の構造と熱 および水蒸気の鉛直輸送量について、数値実験を行った。

数値モデルは CReSS (Cloud Resolving Storm Simulator) を用いた。大気境界 層内の乾燥対流(プリューム)を解像するため、水平解像度を100mとして、下地 島西方の海上を想定した10km×10kmの領域を対象として三次元での数値実験を行っ た。実験は2002年8月24日の日中を対象として、同日00Zのラジオゾンデ観測のプ ロファイルを初期値として9時間にわたって行った。

図11に計算開始3時間後のY=2.0kmにおける鉛直速度と温位、比湿の東西鉛直断面 図を示す。混合層内にはプリュームに対応する上昇気流域が存在しており、その 水平スケールはおよそ500m、上昇気流の最大速度は1m/s 程度であった。また、 プリューム内部の気塊は周囲に比べて低温位高比湿気塊であることが示された。 図12に同時刻の浮力フラックス、熱フラックスによる浮力フラックスへの寄与、 水蒸気フラックスによる浮力フラックスへの寄与の鉛直プロファイルを示す。図 より、混合層内の浮力生成における熱の寄与は小さく(混合層内での熱フラック スの値はほぼ負値である)、水蒸気による浮力生成への寄与が大きいことが示さ れている。水蒸気は乾燥大気に比べて密度が小さいために、鉛直循環を駆動する 浮力は両者の密度差によって生じたものであると考えられる。このような現象は 海面からの小さな顕熱フラックスと豊富な潜熱フラックスのバランスによっても たらされると考えられる。西太平洋域においてはこのような特徴(SSTと気温の 差が小さいことによる小さな顕熱フラックスと大きな潜熱フラックス)は常態で あると考えられるため、水蒸気によりもたらされる浮力によって駆動される鉛直 循環は頻繁に発生する現象であると考えられる。

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図11: 計算開始3時間後のCReSSによるシミュレーション結果の鉛直断面図。上図 は温位(濃淡)と鉛直速度(コンター)を、下図は比湿(濃淡)と鉛直速度(コ ンター)を示す。鉛直速度のうち上昇気流域は細実線で、下降気流域は細破線で 示す。

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図12: 同時刻のCReSSによるシミュレーション結果より計算された浮力(仮温位) フラックス(実線)と熱フラックスによる浮力フラックスへの寄与(広幅破線)、水 蒸気フラックスによる浮力フラックスへの寄与(狭幅点線)、水蒸気フラックス (点線)の鉛直プロファイル。水蒸気フラックスの単位は [10-3kg kg-1ms-1]、 他は[K m s-1]で示す。


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