雲の形成や発達は、大気の力学過程とその中で起こる雲物理学過程との 複雑な非線形相互作用によって決まる。このため雲・降水の研究及びその 応用としての局地気象予報には雲の数値モデルが不可欠である。 しかしながら細かい計算格子と雲や降水についての多くの従属変数を 必要とする雲のモデリングは、非常に大規模なものであり、 並列計算が不可欠である。CReSS (Cloud Resolving Storm Simulator)は 雲スケールからメソスケール(中規模)現象のシミュレーションを行うことを 目的としており、大規模並列計算機で効率よく実行できように設計されている。 このため非常に高い空間解像度で大規模な計算ができる。基礎方程式系は 非静力学・圧縮系、計算は3次元領域で地形を含むもので、固体降水を含む 詳細な雲物理過程、乱流、地表面過程、地温の計算などの物理過程を含んでおり、 コントロールされた条件を与えて理想的な数値実験を行なえるだけでなく、粗 い格子のモデルにネスティングして予報実験も行なえる。
CReSSは実際の気象現象のシミュレーションを、現実的な初期値と時間変化す る境界値を与えて行なうことができる。その応用として局地予報モデルとして 利用することができる。計算領域はたとえば中部地方程度の領域で、 予報時間は12〜24時間程度が想定される。近年の急速なCPUの発達により、 格子間隔が数キロメートルの予報が可能になりつつある。これまで台風、 梅雨、雷雨、降雪などについてのシミュレーション実験を行なってきた。
図1は2001年8月に東海地方に接近した台風の実験で、初期には計算領域外に ある台風が、境界を通って計算領域に入り込み、計算領域内では実際に観測 された降雨帯が形成され、さらに領域から境界を通って台風が出ていく様子 がよく再現された。これはCReSSが現実の現象をよくシミュレートし、予報 モデルとしても利用できることを示している。
冬季日本海上に寒気が吹き出したとき、海上には多くの縦モードと横モー ドの筋状雲のほか、日本海寒帯気団収束帯にそって帯状雲ができる。図2は2 003年1月5日の日本海上の筋状雲のシミュレーション実験の結果である。若 狭湾に北西方向から帯状雲が侵入しており、その帯状雲に沿って渦列が形成 されている。その南側には縦モードの筋状雲が、北側には横モードの筋状雲 が形成去れている様子がシミュレーションされている。
現在、CReSSを毎日実行して、日々の天気のシミュレーション実験を行な うことも計画中である。 CReSSにはMPIを用いた並列版と単一CPU用の逐次版 が用意されており、PC-UNIXから大規模計算機までほとんどの計算機で実行 を確認している。雲のシミュレーションだけでなく、環境流体の数値計算な ど幅の広い利用が可能である。
梅雨前線内におけるメソスケール降水システムを対象とした観測的研究は、 日本沿岸や台湾付近などの海の近くで多く行われ、日本や台湾付近では海か らの非常に湿潤な気流と海岸付近の急峻な地形により局地的な豪雨が形成さ れることが知られている。しかし、中国大陸上では、梅雨前線の西半分が停 滞するにもかかわらず、1998年のGAME(GEWEX Asian Monsoon Experiment/HU BEX (Huaihe River Basin Experiment)が行われるまで、 梅雨前線内のメソ スケール降水システムを対象とした観測的研究はほとんど行われていない。 本研究では、GAME/HUBEX観測計画で観測された梅雨前線内の降水システムに ついて、ドップラーレーダーデータ、客観解析データ、衛星データなどを解析す ることにより、降水システムの構造とその周辺の環境場との関係を明らかに し、また、観測により得ることのできない熱や水蒸気量を、メソスケールの 数値モデルを用いた再現実験を行うことにより調べた。
中国大陸上の梅雨前線は5月に南シナ海付近で明瞭になり、季節進行ととも に華南、華中地方へと北上する。中国大陸上では、通常梅雨前線は亜熱帯気 団内に存在するが、寒帯気団の南下時には寒帯前線上に存在する。本研究で はこの二つの梅雨前線について内部のメソスケール降水システムの構造を調 べ、降水形成の高度の違いに着目した。研究の結果、亜熱帯気団内の梅雨前 線では、地上の収束線の北側だけでなく、南側にも線状対流性降水システム が形成されることが明らかになった。この降水システムの形成・維持には、 下層に持ち上げ凝結高度の低い気塊が流入することが重要であることが示さ れた。一方、寒帯前線上の梅雨前線では、地上の収束線の北側にのみ降水が 形成されており、対流降水域における降水の形成高度が亜熱帯気団内の梅雨 前線に比べ高いことが明らかになった。降水システムの違いは、梅雨前線の 南側下層に流入する気塊の持ち上げ凝結高度の違いによりもたらされ、その 値は前線の南側における地表面からの顕熱・潜熱フラックスの違いによると いう仮説が提案・検証された。
内部のメソスケール降水システムの維持に関してはどちらの梅雨前線におい ても共通した傾向が見られ、降水システム自身が形成した500- 1000km程度の空間スケールを持つ東西方向に長い冷気塊によって維持されている こと、降水の集中は冷気塊の形成に有利となる水蒸気傾度の大きな領域に見 られることなどが明らかにされた。
梅雨前線は熱帯、亜熱帯域からの水蒸気を降水に変えるという意味で水循環 システムと捉えることができる。その梅雨前線に沿って頻繁に発生する対流 システムはその水循環を駆動する主要な要素である。そのような対流システ ムの内部構造やその維持過程を理解することは、梅雨前線という水循環シス テムの構造を理解するために不可欠である。近年、日本や中国大陸上におけ る観測により、そのような対流システムの内部構造や維持過程が明らかにさ れつつある。しかし数1,000kmにのびる梅雨前線に沿って発生する対流シス テムの構造や維持過程を統一的に理解するには至っていない。梅雨前線帯の 対流システムは、しばしばクラウドクラスターという直径数100kmの丸い上 層雲域を作ることが知られており、気象衛星の観測データを用いてこのクラ ウドクラスターの振る舞いを調べることが上記の理解に有用である。
梅雨前線帯でも特にクラウドクラスターの発生の多い中国東岸から東シナ海 の領域について、GMSの赤外輝度温度データを用いて1998年から2002年の5年 間の6,7月に梅雨前線付近で発生したクラウドクラスターを追跡した。アル ゴリズム化された追跡方法により、493個という多数のクラウドクラスター が客観的に追跡された。そしてそれらの出現特性を地形による違いに注目し て調べた。
大陸上(図5 領域1, 2)では基本的には発生数が夕方にピークとなる日変化を 示し、それは平地の長江流域よりも山岳域の東南丘陵でより顕著であった( 図6 (1), (2))。しかし雲に覆われる頻度が高い6月の長江流域ではクラウド クラスターは昼夜を問わず多く発生した。また、東南丘陵のクラウドクラス ターは平均的に長江中下流域のものより短寿命で、最大面積も小さかった( 図省略)。
東シナ海(図5 領域3, 4)では北部と南部で出現特性が異なっていた (図6 (3 ), (4) )。北部では日変化が顕著で早朝の6時をピークに多く発生したが、 南部では発生数の日変化は弱かった。北部のクラウドクラスターは大陸上の 2領域のものよりも平均的に長寿命で最大面積も大きかった。南部ではそれ は平均的に小さく短寿命であった(図省略)。
これらの出現特性の違いから、梅雨前線に伴う対流システムの発生・維持過 程の地域(地形)による違いが以下のように示唆された。大陸上、特に山岳 域では雲量の多い梅雨前線帯でも日射による対流圏下層の加熱が対流システ ムの発生の主なトリガーであるが、6月の長江流域では雲量が特に多く、日 射による加熱がなくても対流システムが多く発生すると考えられる。海上で は日射による対流圏下層の加熱は小さく、対流システムの発生に対する効果 は小さいが、深夜の方が日中より海面気温が高い東シナ海北部では、それが 大気安定度の傾向につながり対流システムの早朝の発生に寄与すると考えら れる。また、対流システムの発達に好都合な擾乱の出現位置から、解析領域 の北緯約30度以北で対流システムがより発達しやすいと推測された。
このように、地形によって異なるクラウドクラスターの出現特性が明らかに なった。この結果は梅雨前線帯の対流システムの発生・維持過程を理解する ための基礎となるものである。これらの結果および推測と、個々の対流シス テムに関する研究結果を合わせて考察することにより、梅雨前線帯の対流シ ステムの発生・維持過程を統一的に理解することができるであろう。
東アジアのような亜熱帯湿潤域におけるメソ対流系の維持過程を解明するた めに、メソ対流系を構成する対流セルの維持過程を明らかにする必要がある 。2001年6月から7月に行われた長江下流域梅雨期集中観測で観測された3つ の線状メソ対流系(レインバンド)について、デュアルドップラーレーダーに よる観測結果と気象庁領域客観解析(RANAL)の結果を用いて、対流セルの維 持過程と環境場の関係を調べた。
図7に示すように、デュアルドップラーレーダー解析を行った結果、3つの線 状メソ対流系は、寿命の長い対流セル(72分)で構成されるバック形成型レイ ンバンド(BBL 型)と、寿命の短い対流セル(30分)で構成されるバック形成型 レインバンド(BBS 型)と、寿命の短い対流セル(36分)で構成される破線型レ インバンド(BRS 型)であることが分かった。RANALを用いる事によって、こ れら3つのメソ対流系は不安定度、環境風の鉛直シアー、水蒸気分布が顕著 に異なる環境場で形成された事が明らかにされた。特に対流圏中層の湿度に 注目すると、中層が非常に湿った環境場では寿命の長い対流セル(BBL型)が 形成されたのに対して、中層が乾燥した環境場では寿命の短い対流セル(BBS 型、BRS型)が形成された。中層の湿度が湿潤であったBBL型のケースでは、 降水粒子の蒸発冷却が抑制され、強い外出流が形成されなかった。そのため 、下層からの流入気流が定常的に暖湿気塊を対流セルに供給する事ができた 事により、対流セルの寿命が長くなったと考えられる。
亜熱帯湿潤域においては、従来から指摘されている条件である不安定度や鉛 直シアーだけでなく、対流圏中層の湿度が対流セルの維持過程を決定する重 要な環境場パラメーターであることを明らかにすることができた。
中国大陸から日本列島にかけて初夏に停滞する梅雨前線帯において、豪雨を もたらす原因となる豊富な水蒸気は、主に梅雨前線の南側から中国大陸や東 シナ海の上空を通って輸送される。これまでの研究においては、梅雨前線帯 の南側では対流圏の下層を通して水蒸気が北に向かって輸送されることが明 らかにされているが、中国大陸上と東シナ海上において、水蒸気が輸送され る過程の相違点や水蒸気源についての研究はあまりなされていない。このた め、中国大陸上と東シナ海上における水蒸気の輸送過程と水蒸気源について の相違点についての解析を、GAME再解析データを用いて行った。
解析の結果、梅雨前線帯の南側では、中国大陸上と東シナ海上のどちらとも 非常に湿潤であることが確認された(可降水量の最大値が60mmを越えること もある)。一方、地表面からの潜熱フラックスは中国大陸上からの供給量( 日平均値で180W/m2)が東シナ海上からの供給量(同80W/m2)に比べてはる かに大きいことと、顕熱フラックスについては、中国大陸上からの供給量( 同60W/m2)も東シナ海からの供給量(同0W/m2)に比べて大きいことが確認 された。さらに、相対湿度の鉛直断面図から、湿潤層の厚さを比較したとこ ろ、中国大陸上では湿潤層が3000m程度まで及ぶのに対して、東シナ海上で は1500m以下までしか発達しなかった。
以上のことから、中国大陸上と東シナ海上の水蒸気の輸送過程をまとめると 図8で示されるような概念図が描ける。中国大陸上(図8a)では、水田から の豊富な潜熱の供給により、大気境界層が湿潤化される。さらに、水田から の顕熱の供給により、対流混合層が発達する。深く発達した対流混合層は、 その上部に積雲を形成し、この積雲が対流混合層内の豊富な水蒸気を対流圏 中層に輸送する。その結果として、深い湿潤層が形成される。一方の東シナ 海上では(図8b)海面からの潜熱の供給によって、大気境界層内は湿潤化さ れるが、顕熱の供給が無いことと、太平洋高気圧勢力下の強い逆転層の影響 により、湿潤層は厚くなることが出来ず、浅いままとなる。この両者の湿潤 層の違いが、中国大陸上と東シナ海上の梅雨前線の発達過程にいかなる影響 を及ぼすかという点について、今後は研究を行っていきたい。
冬季、温帯低気圧が日本東方海上で発達しユーラシア大陸上から寒気の吹き 出しが起こるとき、日本海上には多くの雪雲が発達する。これらの雪雲は日 本海に面した地域に降雪をもたらすが、その降雪分布には山雪と里雪という 2つのパターンが存在することが知られている。そのうち海に面した平野部 に多くの降雪をもたらす里雪タイプについて、それを引き起こす雪雲の実態 とメカニズムはよくわかっていない。そこで、名古屋大学では、2000年12月 から翌年2月にかけて石川県押水町にドップラーレーダーを設置し観測を行 った。観測期間中の2001年1月中旬には、冬型の気圧配置が継続し北陸地方 上空には強い寒気が流入した。そのうち、15日から16日にかけて海岸線に平 行な走行をもった2本の隣接した降雪バンドが20時間あまり停滞し海岸部に 大雪をもたらした。本研究では、北陸電力の二重偏波ドップラーレーダーお よび地上で行った降雪粒子の接写観測データなども用いて、この2本の降雪 バンドの構造解析を行い、その維持プロセスを明らかにした。
図9は、この2本の降雪バンドの構造の摸式図を示す。北西の季節風は弱く、 その中に季節風と逆方向に吹く厚さ400m程度の陸風が発達した。この季節風 と陸風の強い収束によって強い上昇流が生じ、強い反射強度をもった``降雪 バンド1''が形成された。偏波レーダーの解析から主な構成粒子はあられで あることが推定された。一方、降雪バンド1の発散流が下流に弱い上昇流を 形成し、``降雪バンド2''はその中に形成された。降雪バンド2の下で接写さ れた降雪粒子は全て雪片であった。この雪片粒子は、降雪バンド1から流れ てきた粒子と、降雪バンド2の弱い上昇流中で昇華成長した雪結晶が、凝集 することによって雪片に成長したものと考えられた。
今回の事例解析によって、海岸部に降雪を集中させる要因の一つとして陸風 が重要であることが示された。また、たとえ弱い上昇流であっても、雲微物 理過程が本質的な役割をして降雪バンド2のような比較的強いエコー域が形 成されることがわかった。