研究紹介(2001年度)

CReSS

CReSS (Cloud Resolving Storm Simulator)とは、現在開発を進めてい る詳細な雲物理過程を含む雲解像モデルで、3次元の広い領域(雲のスケー ルに対して広い領域という意味で実際には500×500km程度の領域)で計算で きるモデルである。その目的は雲スケールからメソスケール現象、特にダウ ンバーストなどの積乱雲に伴う現象を対象として、それらのシミュレーショ ンを行うことである。CReSSは特に並列計算機で効率よく計算できるように 設計されており、非常に高い空間解像度で大規模な計算ができる。基礎方程 式系は非静力学・圧縮系、計算は3次元領域で地形を含むもので、固体降水 を含む詳細な雲物理過程、乱流、地表面過程、地温の計算などの物理過程を 含んでおり、コントロールされた条件を与えて理想的な数値実験を行えるだ けでなく、粗い格子のモデルにネスティングして予報実験も行える。

図1は1999年9月24日、豊橋市、蒲郡市、豊川市で発生した竜巻のシミュレー ションの結果である。豊橋市の竜巻の親雲の積乱雲にはフック状エコーやヴ ォールト構造、強い渦度を持つメソサイクロンがみられ、スーパーセルの特 徴を示していたが、CReSSはその積乱雲をよく再現しており、シミュレーシ ョンされた竜巻はこのスーパーセルの上昇流の最も強いところで発生し、ス ーパーセルとともに移動した。図は竜巻に伴う渦度を可視化しており、高度 500mでは渦度が中心で0.5/s以上で、直径が300〜400mの渦がみられる 。渦の中心には負の気圧偏差があり、速度場がこの気圧偏差と旋衡風バラン スをしていることが分かる。このシミュレーションでは高い水平解像度で広 い3次元領域(45×45km)をとり、水平スケールが2桁も異なるスーパーセ ルと竜巻を同時に、CReSSはシミュレーションできることを示した。

fig1

図1: 2001年8月21日、東海地方に接近する台風11号のシミュレーションの3 次元表示。カラーは地上気圧(Pa)で、青い部分が台風中心である。白色は雲 を表しており、濃いグレーは降水粒子の分布。右下のインディケーターは初 期時刻からの時間で、単位は時である。 図2: 2003年1月5日の寒気吹き出し時に見られた日本海上の筋状雲・帯状 雲のシミュレーション結果で、雲(雲水と雲氷)の初期値から約12時間後の高 度1350mにおける分布。グレースケールは混合比(g/kg)で、スケールを図の 右に示した。

東海豪雨をもたらしたライン状のメソ対流システム

2000年9月11〜12日にかけて、東海地方はきわめて激しい豪雨に襲 われた。東海市における1日半の総降水量は564mmであり、時間降水量10mm/h r以上の期間が14時間も続いた。最大時間降水量は、11日の18〜19時 にかけての1時間に114mmを記録した。この総降水量564mmという値は、同地 点の9月の月降水量229.5mmの実に2倍以上にあたる。その結果、東海地方の 多くの地域が洪水に見舞われた。レーダデータ解析の結果、東海市にもっと も強い豪雨がもたらされる5時間前に、伊勢湾上に南北の走向を持つライン 状降水システムが停滞していたことがわかった。このライン状降水システム は、クラウド・クラスターの通過に伴い、2〜3時間周期で強弱を繰り 返した。更なる解析の結果、クラウド・クラスターが変質させた気流場が、 ライン状降水システムの強化の要因の一つだったことが判明した。クラウド ・クラスターの通過に関連したライン状降水システムの強化の仮説図を図2 に示す。1) クラウド・クラスターの通過前には、下層の南東風が強まる。 その結果、新しい対流雲がライン状システムの東側にできては合流し、ライ ン状システムを強化する。このとき、クラウド・クラスターの上層から氷粒 子が供給され、種まき効果によって降水がより効率よく生成される。2) ク ラウド・クラスターの中心部が通過中には、クラウド・クラスターの収束に よって、ライン状システムの活動もより活発になる。ライン状システムがも っとも強化されるのは、これより十数分後である。3) クラウド・クラスタ ーの通過後には、ライン状システムは弱まっていく。

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図2 クラウド・クラスターの通過に関連したライン状降水システムの強化の 仮説図。1) クラウド・クラスターの通過前、2) クラウド・クラスターの中 心部が通過中、3) クラウド・クラスターの通過後。

東シナ海上の梅雨前線帯の3次元構造

梅雨期と呼ばれる6月から7月にかけての約1ヶ月間、日本付近では梅雨前線 によって多くの降水がもたらされることは周知の事実である。その一方で、 梅雨前線帯の降水の起源となる水蒸気はどこからやって来たのか?また何故 その場所に降水をもたらすのか?という点についてはまだ解明されていない 。降水の起源や形成された過程を探るためには、刻々と変化する3次元構造 の把握が必要であるが、梅雨前線上の降水系は、複数規模においてそれぞれ 異なる構造(階層構造)を持つため、実態の解明に迫るには多くの観測事例を 通した総合的な理解が求められる。図3は、梅雨前線の前線面とそこで形成 される対流系の構造の概念図である。梅雨前線の前線面は、下層では温暖前 線のように緩やかな傾斜をもち、前線の北側には広い層状性降水域が形成さ れる。また、前線上ではいくつかの低気圧が発生して対流性の強い降水域が 形成される。このように対流性、層状性の降水をもたらす前線構造が停滞す れば、降水量が増加するのは当然のことである。さらに、梅雨前線のはるか 南側に形成される活発な雲域を形成する構造として、「水蒸気前線」という 新しい前線構造を提案した。「水蒸気前線」は、中国大陸と東シナ海の境界 にできる弱い収束を伴った水蒸気量のコントラストが東シナ海上へ引きずり 出された結果として形成される。「水蒸気前線」においては、収束は弱いも のの供給される水蒸気量が多く、梅雨前線本体が南下して併合する際には急 激に降水の強化が起こる。しかしながら、観測データの空白域である東シナ 海上で形成されるため、現業観測や現業予報で捉えることは非常に難しい現 象であり、今後さらなる理解が望まれる。

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図3 梅雨前線帯に発生する降水系の3次元構造の概念図。

GAME/HUBEX '98 で観測された線状降水システム

近年、梅雨前線を対象とした特別観測が多く行われるようになり、梅雨前線 帯における線状降水システムの特徴や内部構造が明らかになりつつある。19 98年に中国・淮河流域で行われた GAME/HUBEX の特別集中観測においても、 梅雨前線帯における線状降水システムをドップラーレーダーを用いて観測す ることに成功した(図4)。この降水システムでは、進行方向(南東側)の 下層1.5 km以下の高度で対流セルへの暖湿気塊の流入がみられ、約5.0 kmの 高度で南東側に吹き出している。また、低い高度での流入に対応し、反射強 度のピーク高度も2km付近の低い高度に存在している。このことから、大陸 上であるにもかかわらず、地表面付近に飽和に近い大量の水蒸気が存在する ため、下層の気塊は弱い持ち上げを受けただけで凝結することができ、下層 に多くの降水を作ることができると考えられる。このことは不安定度の弱い 梅雨前線帯で大量の降水を形成する機構として重要である。この降水システ ムの西側には、弱い層状降水域での雨滴の蒸発に由来する低温位気塊が存在 し、この低温位気塊が重力流となり、下層0.5km以下の高度に流入する高相 当温位気塊と収束することにより降水システムが形成され、東進していたと 考えられる。このケースにおいては、線状降水システムの付近でメソα低気 圧が形成されたが、その発生・発達過程については、今後数値モデルなどを 用いて更なる理解を行っていく必要がある。

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図4 1998年6月29日1842BST(北京標準時)に、ドップラーレーダーにより 観測された線状降水システムの鉛直断面図。南西-北東の走向を持つ ラインに垂直な方向の鉛直断面図である。断面の左側が北西側、右側が南東 側となっている。矢印はデュアルドップラーレーダー解析により求められた 降水システムに相対的な風ベクトルを示す。グレースケールは反射強度を示 す。

湿潤な環境場で発達したスーパーセルの維持機構

2000年5月24日、関東地方に降雹をもたらした積乱雲について、羽田 空港と成田空港の2台のドップラーレーダーによる観測結果と、気象研非静 力学モデルによる数値実験の結果を用いて、その積乱雲の内部構造と維持機 構を明らかにした。図5は、5月24日に観測された積乱雲(a)とアメリカ で観測される典型的なスーパーセル(b)の概念図である。通常、アメリカ中 西部でスーパーセルが発生する場合には、対流圏中層が極めて乾燥している 。このため、雲内の降水粒子が落下する際の蒸発冷却の影響により、非常に 強い下降気流が観測される。この結果、ほぼ定常な構造をもつスーパーセル を維持するためには、スーパーセルに暖湿気塊を供給する下層からの流入気 流も大きな風速でなければならないとされている。今回観測された積乱雲に おいては、流入気流の風速が小さかったにも関わらず、スーパーセルと良く 似た構造が観測された。解析の結果、対流圏中層が湿潤であったために、降 水粒子の蒸発冷却が抑制され、その結果として弱い下降気流からの発散流と 弱い流入気流の収束により、今回対象としている積乱雲がスーパーセルに良 く似た構造であったことを示すことができた。本研究において、積乱雲がス ーパーセルに似た構造を維持するには、従来から指摘されている条件である 不安定度や鉛直シアーだけでなく、対流圏中層における相対湿度も重要なパ ラメーターである事を明らかにすることができた。

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図5 2000年5月24日に関東平野で観測された積乱雲(a)と従来の典型的な スーパーセル(b)の概念図。今回観測された積乱雲においては、対流圏中層 は湿っていたが、典型的なスーパーセルが発生する場合には、中層は乾いて いる必要があるとされていた。

中国大陸上、梅雨前線帯の南側における深い対流雲の発生要因

中国大陸上の梅雨前線帯の南側は太平洋高気圧に覆われており、大規模収束 はないと考えられる。しかしながら、1998年に行われたGAME/HUBEX特別集中 観測期間中には、活発な対流活動の日変化が観測された。このため数値実験 を用いて、深い対流雲が発生するために必要な要因を検討した。その結果、 中国大陸上の平野部に広く分布している水田から放出される潜熱(水蒸気) フラックスが対流圏下層を湿らせる効果が重要であることを明らかにした。 このことは水田をより乾燥した状態(畑地)などに改変した場合には、同地 域の対流活動に著しい変化が発生する可能性があることを示唆している。ま た、同時に対流圏中層が湿っていることも、深い対流雲が発生する要因の一 つであることも明らかにした。このことは、中層が乾いている場合には、浅 い対流雲が深く発達しようとする過程において、エントレインメントによっ て周囲の乾いた気塊が雲内に取り込まれてしまい、蒸発冷却の効果により浮 力を失ってしまうために、深い対流雲に発達できないという過程により説明 することができる。これらの対流雲が発達するための条件が、アジアモンス ーン域に特有のものであるかどうかは、今後の研究課題であり、対流雲の発 達条件をいろいろな領域毎に比較を行っていくことで、降水システムの地域 特性を明らかにすることができると考えられる。

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図6 夏季モンスーン期間中に中国大陸上で深い対流雲が発達する条件の概 念図。対流活動の日変化と鉛直成層の特徴も同時に示す。


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