竜巻シンポジウム
−わが国の竜巻研究の今後の課題と方向性−

「積乱雲と竜巻のシミュレーション実験」

坪木和久
(名古屋大学地球水循環研究センター・地球環境フロンティア研究センター)




3. 1999年9月24日愛知県豊橋市の竜巻のシミュレーション実験

 雲の中でも積乱雲は、豪雨、突風、雷、竜巻、雹などの激しい気象をもたらす。 積乱雲はその形態から、単一セル、マルチセル、スーパーセルの ように区別されることがある。これらの中でもスーパーセルは特別に強力な積乱雲で、 しばしば竜巻などの激しい気象をもたらすことがある。

 日本周辺では台風に伴い、スーパーセルが観測されることがある。1999年の豊橋市の竜巻と2006年の延岡市の竜巻が発生したとき、台風中心から東に離れたところに形成された外域帯(outer rainband)が、それぞれの地域にかかっており、スーパーセルが発生していたことが示唆された。気象衛星画像でこれらの時刻の台風に伴う雲を比較すると、状況がよく似ていることに気がつく(図3.1)。
図3.1:豊橋市の竜巻が発生したときと、宮崎県延岡市の竜巻のが発生したときの気象衛星画像。左は1999年9月24日11時(日本時間)の台風9918号、右は2006年9月17日14時の台風0613号。図中の緑点が台風の中心位置。赤い矢印が竜巻発生位置。竜巻が台風の中心から遠方で発生していたことがわかる。


 1999年9月24日、台風9918号の最外縁部の雲帯が東海地方にあったとき、豊橋 市、蒲郡市、豊川市で竜巻が発生した。そのうち豊橋市のものは非常に強い竜 巻で、大きな被害が出た。この竜巻は昼間発生したので、多くの写真やビデオ画 像が残されている。豊橋市の市街地を移動する竜巻をとらえた写真から、 雲底から漏斗状の黒い雲が地上に達していることが分かる。ビデオ画像から豊橋と豊川の竜巻はともに反時計回 りをしていたことがわかった。潮岬の高層観測は、このときの大気の状態がた いへん不安定で鉛直シアーが強く下層がよく湿っていたことを示した。

 名古屋大学大気水圏科学研究所(現地球水循環研究センター)のドップラーレーダー の観測から(図3.2)、豊橋の竜巻の親雲の積乱雲にはフック状エコーやヴォールト構造、 強い渦度を持つメソサイクロンがみられ、スーパーセルの特徴を示しているこ とがわかった。竜巻はこのエコーの下で発生し、メソサイクロンとともに移動 した。この観測により、竜巻が観測された11JST(Japan Standard Time;日本標準 時)から1230JSTの間に東海地方を 少なくとも5つのメソサイクロンが通過し、そのうちの3つが竜巻を伴っていた ことが確認された。このことはメソサイクロンを発生させるポテンシャルが大 気の場にあることを示唆した。

図3.2:名古屋大学大気水圏科学研究所(現地球水循環研究センター)のドップラーレーダーで観測されたスーパーセルのレーダー反射強度。カラーレベルはレーダー反射強度(dBZ)、白い○はドップラー速度データから判別されたスーパーセル内のメソサイクロンの中心位置の移動を、黒い●は竜巻の移動を表す。竜巻がメソサイクロンとともに移動したことがわかる。


 観測された大気場にスーパーセルを発生させるポテンシャルがあるのかどうか、 またスーパ−セルが発生するとなると、その中に竜巻が発生するのか、竜巻はど の位置に発生するのか、また、その発生プロセスや構造はどのようになっている のか。これらのことを調べるために、雲解像モデルCReSS (Cloud Resolving Storm Simulator) を用いて、雲そのもの とその中に発生する竜巻を同時にシミュレーションできるような実験を行った。

 数値実験の初期値は9月24日09JSTの潮岬の高層観測から水平一様として与えた。 初期擾乱は温度擾乱を与えることで、初期に雲を発生させた。地形等の地表面過 程は含まず、水平一様の地表面とした。側面境界条件は計算領域内の擾乱が側面 から領域外に抜けて行くような放射境界条件を用いた。水平格子間隔は75mで一 様とし、鉛直には最下層25mで高さと共に格子間隔が大きくなるような格子を用 いた。

 シミュレーション実験の結果、初期値から1時間以降には竜巻の親となるスーパー セルが形成され、ほぼ準定常に維持された。図3.3は初期値から9960秒後の結果 で、高度1kmの雨水の分布がレーダーで観測されたスーパーセルに対応している。 雨の分布は北に伸びその南端布に強い上昇流(白実線)が持続している。規模が 小さいのでこの表示でははっきりしないが、上昇流の中心付近に渦度(赤実線) の集中した大きな領域がある。これが竜巻に対応しており、その竜巻はスーパー セル南端部の鉛直流の大きなところに形成していることが分かる。地上ではスー パーセルの東側に温度偏差から分かるフロント(ガストフロント)があり、一般 場の風とセルからの発散風が強い水平シアーと収束を形成していることが分かる。 このスーパーセルは準定常的に計算の終わる初期値から4時間目まで維持されて いた。

図3.3:シミュレーションから得られたスーパーセルの水平表示。カラーレベルは高度1kmの雨水混合比(g/kg)、細実線と赤い太実線は高度1kmの上昇流と渦度、矢印と青い太実線は地上の水平風と温度偏差の0度の線である。雨水混合比のカラーレベルは図の下に示した。


 図3.3にみられた渦度を立体的に表示したものが図3.4である。これは渦度をボ リュームレンダリングしたもので、煙状にみえるものが竜巻に対応している。カ ラーは地上の温度偏差を表すが、それが示すガストフロント付近から上空に竜巻 が伸びているようすが立体的に表現されている。画像は1分毎に連続して作成さ れておりアニメーションにすることができる。アニメーションでみると地上のガ ストフロントが移動すると共に、その部分には次々と竜巻が発生するようすがみ られる。竜巻はガストフロントの上昇流が強いところで発生・発達し、そこから 離れると衰弱し消滅する。一つの竜巻が消滅する前には、その竜巻が発達した位 置に次の竜巻が発達するようすがシミュレーションされている。
図3.4:スーパーセル内に発生した竜巻を3次元的に表現したもの。白く煙状に見えるのが渦度を可視化したもので、竜巻に対応している。下面のカラーは地上の温度偏差。温度偏差の先端(ガストフロント)のところで、竜巻が発生していることが分かる。


 竜巻を拡大してみると(第3.5図)、発達した竜巻は直径が500m以下の渦で、このス ケールは実際に観測された竜巻に対応している。図に示した高度100mでは、渦度が中心で 0.55/sの直径が300〜400mの渦がみられる。気圧偏差をみると渦のあると ころに、負の気圧偏差があり、速度場と気圧偏差が非常によく対応している。こ れは遠心力と圧力傾度力がバランス(旋衡風バランス)している渦であることが分 かる。

図3.5:発達した竜巻の拡大図。高度47.9mの水平表示で、カラーレベルは気圧偏差(hPa)、等値線は渦度、矢印は水平風である。


 鉛直断面(図3.6)をみると、スーパーセルのボールト構造(丸天井構造)の下に、竜巻が形成されていることがわかる。竜巻の周辺は強い上昇流があり、竜巻はこの強い上昇流で地上から上空 に向かって発達するようすが、10秒毎に出力した結果から明らかにされた。竜巻 の渦度に対応して気圧偏差も管状に伸びており、渦度と気圧偏差は完全に対応し ている。渦度も気圧偏差も地上がもっとも大きい。竜巻内の鉛直流はこの気圧偏 差に対応して、弱い下降流となっている。

図3.6:スーパーセルと竜巻の鉛直断面。赤い等値線が渦度で、竜巻を表している。カラーレベルは降水粒子(雨、雪、あられ)の混合比、黒い線は雲の縁を表す。矢印はこの断面内の気流を表す。


 このシミュレーションでは高い水平解像度(75m)で広い3次元領域(50×50km)をと り、水平スケールが2桁も異なるスーパーセルと竜巻を共通の格子で同時にシミュ レーションしたことが新しく、ネスティング(入籠式)計算などにみられるよう な側面境界条件の接続の問題などが入り込まない。それによりモデルそのものの 力学で、雲の中に竜巻が自発的に(人工的な初期擾乱に依存せず)発生すること が示された。

参考文献:
  • 坪木和久・耿驃・武田喬男, 2000:
    台風9918号外縁部で発生した1999年9月24日の東海地方の竜巻とメソサイクロン.
    「天気」, Vol.47, No.12, 777 - 783.