第21回名古屋大学防災アカデミー

台風と竜巻の話

―地上におけるもっとも激しい気象を如何にコンピューターで再現するか―

坪木和久(名古屋大学地球水循環研究センター)

日時:2006年7月4日
場所:名古屋大学環境総合館1階レクチャーホール



3. スーパーセルと竜巻

 雲の中でも積乱雲は、豪雨、突風、雷、竜巻、雹などの激しい気象をもたらす。積乱雲は夏などに単独で発達するものについては入道雲(にゅうどうぐも)などと呼ばれる。江戸の方言として、入道雲のことを「坂東太郎」という。坂東太郎はもともとは利根川の異称である。筑紫二郎は筑後川、四国三郎は吉野川の別称でその付近の積乱雲の名前でもある。また大阪地方で丹波太郎は丹波方向に出る入道雲のことである。そのような呼称とは別に、積乱雲はその形態から、単一セル、マルチセル、スーパーセルのように区別されることがある。これらの中でもスーパーセルは特別に強力な積乱雲で、しばしば竜巻などの激しい気象をもたらすことがある。本節ではそのような竜巻をもたらしたスーパーセルを、水平格子間隔75mという非常に高い解像度で、雲だけでなくその中にできる竜巻も同時にシミュレーションした例を述べる。

 1999年9月24日、台風9918号の最外縁部の雲帯が東海地方にあったとき、豊橋市、蒲郡市、豊川市で竜巻が発生した。そのうち豊橋市のものは非常に強い竜巻で、大きな被害が出た。この竜巻は昼間発生したので、多くの写真やビデオ画像が残されている。第3図(図省略)は豊橋市の市街地を移動する竜巻をとらえた写真で、雲底から漏斗状の黒い雲が地上に達していることが分かる。ビデオ画像から豊橋と豊川の竜巻はともに反時計回りをしていた。

 潮岬の高層観測は、このときの大気の状態がたいへん不安定で鉛直シアーが強く下層がよく湿っていたことを示した。名古屋大学大気水圏科学研究所(現地球水循環研究センター)のドップラーレーダーの観測から、豊橋の竜巻の親雲の積乱雲にはフック状エコーやヴォールト構造、強い渦度を持つメソサイクロンがみられ、スーパーセルの特徴を示していることがわかった。竜巻はこのエコーの下で発生し、メソサイクロンとともに移動した。この観測により、竜巻が観測された11JST(Japan Standard Time;日本標準時)から1230JSTの間に東海地方を少なくとも5つのメソサイクロンが通過し、そのうちの3つが竜巻を伴っていたことが確認された。このことはメソサイクロンを発生させるポテンシャルが大気の場にあることを示唆した。

 観測された大気場にスーパーセルを発生させるポテンシャルがあるのかどうか、またスーパ−セルの中に竜巻が発生するのか、竜巻は雲のどの位置に発生するのか、さらにその発生プロセスや構造はどのようになっているのか。これらのことを調べるために、雲解像モデルCReSSを用いて、雲そのものとその中に発生する竜巻を同時にシミュレーションする実験を行った。

 数値実験の初期値は9月24日09JSTの潮岬の高層観測から水平一様として与えた。初期擾乱は温度擾乱を与えることで、初期に雲を発生させた。地形等の地表面過程は含まず、水平一様の地表面とした。側面境界条件は計算領域内の擾乱が側面から領域外に抜けて行くような放射境界条件を用いた。水平格子間隔は75mで一様とし、鉛直には最下層25mで高さと共に格子間隔が大きくなるような格子を用いた。

 シミュレーション実験の結果、初期値から1時間以降には竜巻の親となるスーパーセルが形成され、ほぼ準定常に維持された。第4図は初期値から約3時間後の結果で、高度1kmの雨水の分布がレーダーで観測されたスーパーセルに対応している。雨の分布は北に伸びその南端部に強い上昇流(細実線)が持続している。規模が小さいのでこの表示でははっきりしないが、上昇流の中心付近に渦度(赤実線)の集中した領域がある。これが竜巻に対応しており、その竜巻はスーパーセル南端部にある鉛直流の中心付近に形成していることが分かる。地上ではスーパーセルの東側に温度偏差から分かるフロント(ガストフロント)があり、一般場の風とセルからの発散風が強い水平シアーと収束を形成していることが分かる。このスーパーセルは準定常的に計算終了時の4時間目まで維持されていた。


 第4図のスーパーセル南端部の渦度を立体的に表示したものが第5図である。第5図aは南側から、第5図bは西側からみたものである。これは渦度をボリュームレンダリングしたもので、パイプ状にみえるものが竜巻に対応している。カラーは地上の温度偏差を表すが、それが示すガストフロント付近から上空に竜巻が伸びているようすが立体的に表現されている。画像は1分毎に連続して作成されておりアニメーションにすることができる。アニメーションでみると地上のガストフロントが移動すると共に、その部分には次々と竜巻が発生するようすがみられる。竜巻はガストフロントの上昇流が強いところで発生・発達し、そこから離れると衰弱し消滅する。一つの竜巻が消滅する前に上昇流内に次の竜巻が発達し、竜巻はスーパーセル南端部で次々と発生・発達をくりかえす。


 竜巻を拡大してみると(第6図)、発達した竜巻は直径が500m以下の渦で、このスケールは実際に観測された竜巻に対応している。図に示した高度約50mでは、渦度が中心で0.55s-1の直径が300〜400mの渦がみられる。気圧偏差をみると渦のあるところに、負の気圧偏差があり、速度場と気圧偏差が非常によく対応している。すなわち遠心力と圧力傾度力がバランス(旋衡風バランス)している渦であることが分かる。


 鉛直断面(第7図)をみると、この渦が高度4kmを超える高さまで、管状に伸びていることが分かる。その周辺は強い上昇流があり、竜巻はこの強い上昇流で地上から上空に向かって発達する。竜巻の渦度に対応して気圧偏差も管状に伸びており、渦度と気圧偏差は完全に対応している。渦度も気圧偏差も地上がもっとも大きい。竜巻内の鉛直流はこの気圧偏差に対応して、弱い下降流となっている。


 このシミュレーションでは高い水平解像度(75m)で広い3次元領域(50×50km)をとり、水平スケールが2桁も異なるスーパーセルと竜巻を共通の格子で同時にシミュレーションしたことが新しく、ネスティング(入籠式)計算などにみられるような側面境界条件の接続の問題などが入り込まない。この実験ではモデルそのものの力学で、雲の中に竜巻が自発的に(人工的な初期擾乱に依存せず)発生することが示された。



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