雲解像モデルCReSSの概要

坪木和久
(名古屋大学地球水循環研究センター・地球環境フロンティア研究センター)





 雲、特に強い降水をもたらす積乱雲とその組織化したものは、非常に複雑なシス テムで、流れの場と雲物理の複雑な非線形相互作用でその発展が規定される。こ のような降水システムを数値モデルによってシミュレーションするためには、流 れの場のプロセスとともに雲物理学過程を詳細に計算することが本質的に重要で ある。

 雲解像モデル CReSS(Cloud Resolving Storm Simulator)は雲スケールからメソスケールの 現象の高精度シミュレーションを行うことを目的として開発された、雲解像の非 静力学気象モデルである。CReSS は大規模な並列計算機で効率よく実行できるよ うに設計され、その並列計算により雲の詳細な時間発展のシミュレーションを行 うことができるモデルである。

 CReSSの基本方程式系は非静力学・圧縮系で、地形に沿う鉛直座標系を用いてい る。予報変数は3次元の速度成分、温位偏差、圧力偏差、乱流運動エネルギー、 水蒸気混合比、および雲・降水に関する量である。空間の表現には格子法を、 時間積分はモード別時間積分法を用いている。このモード別時間積分ほうとい うのは、基本方程式系に含まれる音波モードに関係する項を小さい時間間隔で積 分し、それ以外の項を大きい時間間隔で積分することで、効率よく時間積分を 行う方法である。

 第1図に模式的に示すように、雲・降水過程は「冷たい雨」のバルク法を用いている。定式化は 、Lin et al. (1983), Cotton et al. (1986), Murakami (1990), Ikawa and Saito (1991), and Murakami et al. (1994)に基づいている。雲・降水の変数としては、 雲水、雨水、雲氷、雪およびあられを考慮している。乱流については1次のクロー ジャー、または乱流運動エネルギーを用いた1.5次のクロージャーである。ま た,地表面摩擦や熱・水蒸気の地表面からのフラックスなどの地表面の過程が 導入されている。地温は地中の多層モデルを用いて、熱伝導方程式を解くこと で与えられる。
図1:雲解像モデルCReSSで用いられている雲・降水の物理過程。水蒸気混合比 (q_v),雲水混合比(q_c),雲氷混合比及びその数濃度(q_i, N_i),雨水混合比 (q_r),雪の混合比及びその数濃度(q_s, N_s)と,あられの混合比及びその数濃度 (q_g, N_g)が配置されれ,各物理量の間をつなぐ線がそれらの間の変換の物理 過程を表している。その詳細については,Tsuboki and Sakakibara (2001) または Tsuboki and Sakakibara (2002)を参照していただき たい。


 初期値・境界条件にはさまざまなものが可能である。理想条件を与える数値実験 については、初期条件として高層観測や関数のプロファイルを水平一様に与え、 境界条件には、放射境界や周期境界条件が用いられる。一方で、予報実験には格 子点データから3次元的な非均一な初期値と、時空間的に変化する境界条件を与 えることができる。広い領域の計算を行なうときは、ランベルト図法、ポーラー ステレオ図法およびメルカトール図法の地図投影が可能である。

 大規模計算のための並列計算には、水平方向の領域の2次元分割を採用している (第2図)。 並列計算では、 Massage Passing Interface (MPI)を用いており、OpenMPを併用 することができる。CReSSについての詳細については、Tsuboki and Sakakibara (2001) または Tsuboki and Sakakibara (2002)を参照していただきたい。
図2:雲解像モデルの並列計算における計算領域の分割と通信の模式図。左 図の計算領域が12個の小領域に分けられ、それぞれの小領域が一つの計算ノー ドに割り当てられる。右図に示すように各計算領域間で、それぞれの最も外側 の格子(実際には最も外側から2個づつの格子)のデータが交換されることで、 全体の計算が進められる。


 2003年度から地球シミュレータでCReSSの実行が可能となった。CReSS Ver.2.0では,地球シミュレータ向けに最適化を行った。このときFORTRAN~90への全面的書き換えをした。地球シミュレータのようなベクトル型計算機では,1次元領域分割を行うことで,ベクトル長を長くする。計算ノード間はMPIを用いた並列計算を,また鉛直方向にはOpenMPを用いたノード内並列計算をすることで,効率よく計算が行えるようにした。CReSSの地球シミュレータでの性能評価の結果を表にまとめた。

表: CReSS Ver.2 の地球シミュレータにおける実行性能。(CReSSの性能試験を地球シミュレーターの128ノード(1024CPU) と64ノード(512CPU) を用いて性能テストを行なった。)
ベクトル化率99.4%
並列化率99.985%
利用可能ノード数640ノード
利用ノード128ノード
128ノー ドでの並列化効率86.5%
ピーク性能比率約30%


 現在、CReSSはVersion 2.3がソースコードレベルから公開されており、国内外を問わず誰でも利用することができる。また、「21世紀気候変動予測革新プログラム」により Version 3の開発が進められている。


参考文献

  1. 坪木和久, 2008:
    雲解像気象シミュレーション.
    「地文台によるサイエンス」極限エネルギー宇宙物理から地球科学まで, 梶野文義・佐藤文隆・村木綏・戎崎俊一編, 183−191.


  2. Kazuhisa Tsuboki and Atsushi Sakakibara, 2007:
    Numerical prediction of high-impact weather systems.
    The Textbook for Seventeenth IHP Training Course in 2007, 281pp.

  3. 坪木和久, 2007:
    1kmメッシュの気象学.
    「天気」, No. 54, Vol.10, 873−876.


  4. Kazuhisa Tsuboki,. 2007:
    High-Resolution Simulations of High-Impact Weather Systems Using the Cloud-Resolving Model on the Earth Simulator.
    High Resolution Numerical Modelling of the Atmosphere and Ocean, Hamilton, Kevin; Ohfuchi, Wataru (Eds.), Springer, 141-156.


  5. 坪木和久, 2006:
    雲解像モデルを用いた気象のシミュレーション. [PDF:1.2MB]
    東京大学情報基盤センタースーパーコンピューティングニュース, [Link]
    Vol.8, Special Issue 1, 39 - 53.


  6. Kazuhisa Tsuboki and Atsushi Sakakibara, 2002:
    Large-scale parallel computing of Cloud Resolving Storm Simulator. [PDF:927MB]
    High Performance Computing, Springer, H. P. Zima, K. Joe, M. Sato, Y. Seo and M Shimasaki (Eds), 243--259.

  7. Kazuhisa Tsuboki and Atsushi Sakakibara, 2001:
    Cloud Resolving Storm Simulator, User's Guide, Second Edition. 210p.